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第10話 かくて勇者は一文無しに戻った

「こっちだな」


「なんで分かるんだよ?」


 不思議に思いながら、スリモドキが案内する通りに進んでいく。

 すでにバジリスクの生息域に入っており、草木1本生えていない。辺縁部にはうっかり迷い込んだと思われる動物の死体が転がっていたが、もうかなり中心部に来ているようで、そうした死骸も見当たらない。

 全周囲、猛毒。空気中にも猛毒が含まれるため、常に解毒の魔法をかけ続けても、そよ風ひとつでも猛毒が戻る。そこで周囲に集中的に雨を降らせて、空中および地表の毒素を洗い流しながら進んでいるのだが、泥だらけになった地面でもスリモドキは痕跡をすぐ見つける。すごい能力だ。


「足跡があるじゃあねーか」


「どこに?」


「ここに」


「えぇ~……? ……わかんねーよ」


「ここだよ、ここ」


「あー……? うっすら凹んでるような……?」


「うっすら? くっきりハッキリじゃあねーか。これが分からんとか、てめーの目はどうなってんだよ?」


「そう言われてもなぁ……双子の顔を見分けるようなもんじゃあねーの?

 見慣れちまえば見分けがつくけど、見慣れてないとさっぱり分からん、みたいな」


「それにしたって……こんなハッキリした足跡が分からねーんじゃあ、これ以上は教えようがねーんだが」


「そうかー……」


 おかしいな。今の俺は、努力すれば何でも出来るようになるはずなんだが。

 女神のやつが、そう言ってたからな。人類のあらゆる可能性を備えるとかなんとか。魔王を倒したから取り上げられたとか? そいつはシャレにならんな。だとしたら死んでも復活する能力も無くなってるってことじゃあねーか。ちょっと死んで確かめ……いや、無くなってたら終わりじゃねーか。ダメだよ。バカか。


「じゃあもう逆にスリモドキの目が人間じゃあねーという事では?」


「んだとコラァ!?」


「まあ結局スリモドキを頼ればいいわけだが」


「この野郎……今の流れで、次も頼まれてやると、どうして思うんだい? 一文無しは頭の中身まで一文無しなのかな?」


「スリモドキよ」


「何だね?」


「いい笑顔だな。今のお前は、すごくいい笑顔だ。目が全然笑ってねぇ」


「すーっ……ちょっとすまんが、5mほど左に動いてくれないかね?」


「このぐらいか?」


「そうそう。いいぞ。すごくいい。できればあと2歩ほど前がいいな」


「こうか?」


「ああ完璧だ。そこがいい。その位置がすごくいい。

 そのままちょっと動かないでいてくれよ? オルァ!」


 ドゴッ!


「ぐへっ」


 崖っぷちに立たされた俺は、蹴っ飛ばされてそのまま落ちた。

 10mほど落ちて、ドボンと水しぶきが上がり。

 泳いで湖岸へ戻ると、そこにバジリスクがいた。

 バッチリ目が合った。


「頑張れよ~! 一文無し~!」


 崖上からスリモドキの声援が聞こえる。

 すごく楽しそうな声だ。


「コケェェェッ!」


 バジリスクが吠えた。

 鶏に似た形のヘビ。鱗に覆われ、羽毛はない。馬より大きい。その鳴き声は、どことなく鶏に似ていた。音程はうんと低く、音量はうんと大きい。まるで大型トラックのクラクションのようだ。

 そして吠えるという事は、息を吐くということ。当然そこには猛毒の成分が含まれる。


「風の防壁、それと浮遊……からのジャンプ」


 風の防壁で猛毒の吐息を防ぎ、浮遊で重力を遮断して、地面を蹴ってジャンプすれば普段はできない大ジャンプが可能になる。

 浮遊魔法を解除して落下。狙い通りバジリスクの後頭部へ着地した。


「つーかまえたっ」


 巨体だが、首は意外と細い。大型犬の胴体ぐらいだ。

 なので裸絞ができる。


「グエエエ!」


 バジリスクは暴れたが、姿が鶏に近いため、首の後ろには手が届かない。手はないけど。尻尾も脚も届かない。

 まあ、届いたところで、という話ではあるが。


「ふんっ」


 勢いをつけてひねる。

 ゴキッ、と硬い音がして、バジリスクの首の骨が折れた。

 脊椎動物は首の骨が折れたら即死。これは種族を問わず共通だ。まあ「折れた」の程度が浅いと生き延びる可能性もあるが。なので、しっかりハッキリきっちり折っておくことが大切である。急に息を吹き返して暴れられては困る。


「よし、こんなもんで良かろう。持って帰るか」



 ◇



 冒険者ギルドにバジリスクを丸ごと提出して。浮遊魔法をかけて引っ張ってきたから、かなり目立ったな。

 解体は冒険者ギルドにお願いした。それ専門の部署があるらしい。ならば俺がやるより確実で安全だろう。毒液はそのまま納品として、それ以外の部分も買い取ってもらうことにした。


「お疲れ様でした。

 今回の報酬と素材買い取りの代金を合わせて、ちょうど金貨100枚になります」


 金貨は1万円ぐらいの価値なので、100万円ぐらいの収入だ。

 これはデカい。


「じゃあ8割もらうぜ。

 受付嬢。金貨80枚は、俺の口座に入れといてくれ」


「かしこまりました。ではそのように」


 スリモドキの言葉に従って、80枚が没収された。

 分かっていたことだが、この減り方は精神的にきついな……。


「じゃあ20枚は――」


 俺が手を伸ばすと。

 受付嬢は金貨を引っ込めて、2枚の書類を差し出した。


「こちらが修理費の領収書で、こちらは解体の手数料の領収書です。

 ご利用ありがとうございました」


 合わせて、ちょうど金貨20枚だった。


「タダ働きじゃあねーか!」


 どべしゃっ。

 俺はもう立っている気力もなくなって、その場に崩れ落ちた。


「ほらほら、そんな所に座ってちゃあ仕事の邪魔だぞ、い・ち・も・ん・な・し」


 わざわざ近寄ってきて煽るスリモドキ。

 馬鹿め。

 俺はスリモドキと肩を組んだ。


「むっ!? なんだ? お、おい……!?」


 がっちり組んで逃さないようにしたまま、ギルド併設の酒場へ引きずっていった。

 スリモドキのパワーでは俺から逃げられない。

 そして俺は大声を上げた。


「酒場の全員に奢るだとぉ!?」


 どよっ……!

 酒場が一気にざわついた。


「ちょっ……おま……!?」


「スリモドキ! お前というやつは! なんという太っ腹だ! さすがだな! 大金を稼いでも、宵越のお金は持たねぇと! お前こそ冒険者の鑑だ!」


 静寂。

 降って湧いた幸運を聞き逃すまいと、全員が静まり返っていた。

 そして――


「「おおーっ!」」


 冒険者たちが椅子を蹴って立ち上がった。

 キラキラした目でスリモドキを見ている。


「「スッリモッドキッ! スッリモッドキッ!」」


 拳を突き上げ、スリモドキの大合唱が始まった。

 ふははは。もう逃げ場はないぞ。


「野郎……! やりやがったな、一文無しめ……!」


 ケッケッケッ。てめーも一文無しのサバイバル生活を楽しみやがれ。

 こうして俺は、スリモドキを道連れにして、また一文無しに戻った。

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