本気の思いを
「さ、そろそろダンスの方も、考えないとね」
あかねが、ペンをノートに置いた。2人は歌詞を半分くらいまで書き終えていた。タイトルはまだ決まってないけど、想いはこもってる。
「私たちのときめきが詰まった曲、澄ちゃんに見せてびっくりさせてやるんだから!」
「うん。…それにしてもさ、歌詞って作ってみると難しいね。書けば書くほど、自分の気持ちと向き合わされるというか」
あかねがふっと笑った。明日香もそれは同じだった。
「でもあのライブのとき、本当に心が動いたの。ああ、これだって。これがときめきってやつなんだって思った」
「…うん。明日香は、本当に好きで動いてるんだね」
そんなふうにあかねに言われて、明日香はちょっとだけ照れた。
「よーし!じゃあこの気持ち、形にしよう!」
次の日。私たちは体育館裏でダンス練習を始めていた。
誰に教わるでもなく、とにかく体を動かしてみる。振り付けなんて素人なりの見様見真似だ。でも2人は本気で取り掛かった。
「明日香、その足、半テンポ遅れてるよ」
「へっ!?そ、そんなことないよ!」
「ほらほら、鏡見て。自分でもわかるでしょ」
「ぐぬぬ…!」
あかねは元の運動神経もあってか、明日香よりずっと動きが正確で、鏡越しに見てもキレがある。
「ちょっと!そこのふたり!」
声が飛んできた。振り返ると、そこにいたのは朝霧澄だった。
「そんな動きじゃ本気なんてとてもじゃないけど信じられません」
「…見てたの?」
「はい。たまたま!体育館の近くを通りかかったら声が聞こえてきたので来てみたのです」
たまたま、来た澄は体操服を着てストップウォッチを持っている。
「じゃあ澄ちゃん教えて!」
明日香がそう言うと澄は明らかに嬉しそうにしながら咳払いをして言った。
「…仕方ないですね。あまりに見るに堪えないので…ちょっとだけですよ」
ちょっとだけ、とは言ったけど、澄の指導は本格的だった。
立ち位置、ステップ、手の角度まで、全部見抜かれる。口調は厳しいけど、わかりやすい。
あかねも明日香も、言われるたびにどんどん動きが変わっていった。
「…ふぅ。まあ、悪くはありません」
「ほんと!?じゃあさ、振り付け全部お願い!」
「…!少しは自分でやりなさい!」
澄は怒ってそう言った。しかし、まんざらでもなさそうだった。
その日の練習が終わった後。
明日香は鞄からノートを取り出すと、あかねに見せた。
「ねえ、これ。明日、ひよりちゃんに渡しに行こうよ」
「うん、歌詞、ちゃんと完成させたし。彼女が少しでも興味を持ってくれたら嬉しいよね」
明日香もあかねもライブの準備をしていて少し無力感を感じていた。でもだからこそ、手伝ってもらっているからこそ本気を必ず伝えなければならないと奮起した。
そうして2人はひよりのいる教室へ向かった。
ひよりに見せたノートには、まだ荒削りながらも熱意のこもった言葉が並んでいた。
「曲、作れると、思う。やってみる」
「ほんとに!?」
勢いよく顔を近づけた明日香に若干引きながらも、歌詞を見てひよりは曲を作ることを決心した。
「ひよりちゃんありがとう、ほんとに助かるよ」
あかねが穏やかな声でいうと、ひよりは小さく「うん」とだけ返した。
「ふう」
澄に言われて始めたランニングも少しは楽にこなせるようになったイベントの1週間前。ランニングを終えた明日香のスマホに通知が来る。
ひよりから、ついに楽曲が完成したという連絡が入っていたのだ。
「できたよ!って……!」
全身に力がみなぎっていくのを感じて、明日香はそのまま追加で数百メートルを走った。体は疲れていても、胸の中の高鳴りはそれ以上だった。
「…いいな」
追加のランニングを終えた明日香は空に手をかざして言う。
「私、今輝いてる!私だけじゃない。あかねちゃんも澄ちゃんもひよりちゃんも!ときめきを感じるよ!」
そして迎えた週末。
小さな商店街の片隅で行われる地域イベント。ステージは、組み立て式の簡易なもので、観客席もロープで囲っただけの即席スペースだった。
けれど、明日香にとっては夢の舞台だった。
浴衣姿の人々が集まり、屋台からは焼きそばや綿あめの匂いが漂う。そんな賑わいの向こう、ステージ裏の控えスペースで明日香とあかねは並んで立っていた。
「いよいよだね……」
「うん。あとはやるだけだよ!」
衣装はまだTシャツとスカートという手作り感満載のもの。でも、心は準備万端だった。
そして、MCがステージに登場する。
「それでは、本日このステージに初登場のおふたりです!天城明日香さんと三浦あかねさん、どうぞ!」
拍手はまばらだった。名前すら知られていない彼女たちの登場に、観客は期待よりも様子見といった雰囲気だ。
けれど、明日香の足取りは軽かった。マイクを持って、まっすぐ前を見つめる。
「皆さん、こんにちはっ!私たちは!…あー!名前!まだ決めてなかった!」
ひと笑いが起きる。
「えっと、まだ名前もないユニットですが、今日、このステージで、夢の第一歩を踏み出します!」
イントロが流れる。ひよりが作ってくれた、真っ直ぐで、どこか懐かしいメロディ。
出だしのタイミングを明日香が間違えた。
一拍、遅れた。
観客がざわつくわけではなかった。でも、それはステージ上のふたりにははっきり伝わった。
「……大丈夫、大丈夫……!」
あかねがそっと横で小さくうなずき、呼吸を合わせる。
次のサビでは息が揃った。
踊りながら、歌いながら、明日香は思い出す。子供の頃、旅先で偶然出会ったあのライブ。
心がときめいた、あの瞬間。
「届け……!」
ふたりの歌声が、会場の空気を少しだけ変えた。
最初は興味なさそうにしていた観客の中にも、笑顔が浮かび始める。
澄は、その様子を最前席で見ていた。冷静ぶっているが、我が子を見守る母のようにハラハラしながらも嬉しそうに見ている。
曲が終わる。
大きな拍手はない。でも、数人が拍手をしてくれている。その音が、今の明日香には何よりも嬉しかった。
ステージ裏へと戻るふたり。
「ねえあかねちゃん、成功、だよね?」
「……大成功じゃないけど、たぶん、失敗じゃないね」
明日香が笑う。
「うん! 最高だったよ!」
2人はその後、澄の元へ向かう。
「澄ちゃん!」
「まったく、ミスしましたね。私には分かりますよ」
「あ、あはは。ごめん、本気でやったんだけど」
少し悔しそうにそう言う明日香に澄が言う。
「まったく。明日からまた練習しますよ。次は3人で出るのですからもっと完成度を高くしないと」
澄のその発言に明日香とあかねは目を合わせて言った。
「それって…!」
澄ちゃんに抱きつく明日香と少し照れながら「やめなさい」という澄、そんな2人を笑顔でさらに抱きつくあかね。
まだ名もないときめきの欠片は、2人から3人へ、少し大きくなった。