2.曲作り、始めます!
「よーし、まずは曲作りだ!」
澄に条件を出された帰り道、明日香は勢いよく叫んだ。
「いや、帰り道で突然それ?」
あかねがツッコミを入れる。これがないと明日香の暴走が止まらない。
「だって、曲がないとライブできないでしょ!」
「うん、まあ正論ではあるけどさ。で?作曲はどうするの?」
「そこなんだよねー。誰ができるのかなーって」
「やっぱりそこからか、」
その後、明日香とあかねは近くのファーストフード店に入って、紙ナプキンに理想のステージ構成を書き始めた。曲、衣装、照明、メンバー紹介──どれも夢いっぱいだ。だがあかねはその紙を見て、ちょっと真顔になった。
「明日香、これ全部…未定って書いてあるけど?」
「うん!これから決めるから!」
「うん、明日香って感じだね」
「とにかく、本気を澄ちゃんに見せる!それが今の目標!」
今は、澄のあの言葉だけが明日香のエネルギーになっていた。
「というわけで、まずは曲!」
「だから誰が作るんだって!」
翌日、明日香とあかねは学校の音楽準備室に来ていた。実はここのピアノ、誰でも弾いていいらしい。
が、当然弾けない。
「いやー無理だわ。私、ドレミの位置も怪しいし」
「私は小学校のリコーダーで止まってる!」
「……」
目の前の楽譜を見て、ふたりして沈黙。
ピアノの蓋を開けてみたものの、音が出た瞬間、一瞬で閉じた。
「うーん、困ったなー。こういうとき、音楽の才能ある人いないかなーって」
「まさか、ダンスの次は作曲でも澄ちゃんに頼もうとか言うんじゃ……」
「それだ!!」
「だめだめ!一歩間違えたら完全に人任せグループだよ!」
あかねがツッコミながら笑っている。
「準備って大変だなー。キラキラしてるステージを見てたけど、その裏には色々あるんだね」
「まあそれはそうだね。一旦曲作りができる人を探しつつ、できること、歌詞とかダンスをやっていこうか」
そう言ってその日は解散した。
次の日の放課後。
明日香たちは、机に広げたノートを前に悪戦苦闘していた。
「ねえ、あかねちゃん。ときめきって単語を十回入れたらダメかな?」
「ダメだよ。ときめきときめき〜♪って呪文じゃないんだから」
「うーん……じゃあときめきの類語を探さないと!」
そんなふうに、明日香たちは初ライブのための歌詞作りに夢中になっていた。
けれど当然、すぐに納得のいくものができるはずもなく、
「はぁー」
大きなため息が出た。
「そもそもさ、歌詞だけあっても曲がなきゃ意味ないよね……。どうしよう、私、楽譜とか全然わかんないよ」
「私も。ていうか、そんなの普通に作れる人の方がレアじゃない?」
「……あ、でも、いたりして。隠れた天才!」
そう言って明日香は前方の席を指さす。そこには、窓際でひとり静かにノートに向かっている女生徒がいた。
明日香はその子の隣に椅子を引きずって座る。
「やっほー!それ、何書いてるの?」
その子――日向ひよりは、ビクッと肩を震わせて、私を見上げた。
「えっ……え、詩。……別に、趣味」
「へー! 詩ってさ、歌詞だよね? 見せて見せて!」
明日香がぐいっと顔を寄せると、ひよりはとっさにノートを閉じる。
「や、やだ……見せるために書いてないし……」
「あ、ごめんね。明日香は距離感バグってるから」
「でも、詩を書くなんてすごいね!」
「実は今、私たち、初めてのライブやろうとしてて! 今、歌詞作ってるんだー!」
「ライブ……?」
ひよりの目が、少しだけ興味を含んで動いた。
「そう!でもさ、歌詞は頑張っても、曲が作れないんだよね……。ねえ、ひよりちゃん、曲作れたりしない?」
「……少しだけ、なら」
「えっ!」
「前に、自分用に作ったことはある。……パソコンで、打ち込みとか」
「すごーい!お願い!私たちの歌詞に曲、つけてほしい!」
「ま、待って。人に聞かせるものじゃないし……」
「でも私、本気でライブやりたいんだ!ときめきを伝えたいの!ね、お願い!」
明日香は、ひよりの手を両手で包むようにして言った。
その目はまっすぐで、まるで“あのとき”アイドルからもらったときめきをそのまま宿しているようだった。
「…………一度だけ、聴いてみて。それでよければ、考える」
「ほんと!?ありがとう!えっと、名前は?」
「…ひより」
ひよりは目を逸らし、明日香からそっと手を離す。
かすかに顔を赤らめたひよりは、ノートを閉じて立ち上がった。
「じゃあ、曲……作ってみる。歌詞、もらってもいい?」
「うん!今からすぐに書くよ!」
「できてから言おうね、明日香…」
こうして、3人目の仲間が、私たちのアイドル活動に加わったのだった。