第八話 かつて美少女戦士と呼ばれた女
カモメはチェーンをクルリと宙に踊らせた。天にいる八百万の神々を見上げ、まるで舞台女優のように両手を広げる。
「さあ、八百万の神々のみなさん……どうか、もっと私に歓声を!」
タケルは防御姿勢を保ったまま、カモメの動きを警戒していた。
だが、カモメは攻撃を仕掛けず、今は言葉で神々を魅了し始めた。
「私はね、若い頃は『竹馬美少女戦士バンブーン』だったの。悪を倒し、街を守り、人々の笑顔のために戦ってきたわ!」
天の幾体かの神が興味を示したようにキラキラとした光がカモメの周囲に降り注ぐ。
「でも、そのせいで私は普通の女の子としての人生を犠牲にしてしまった。恋も、結婚も、家庭も……」
カモメの瞳がわずかに潤む。
「気づけば、もう48歳。美少女どころか、美熟女も通り越して、ただの独身女よ!」
神々の中には、共感と同情を示すようにさらに光が降り注ぎ始める。
カモメが乗るミラクルバンブーが小さく震え、エネルギーが増していくのがわかった。
「だけど……私だって諦めたくはないの! この竹馬闘戦で優勝すれば、神様が若さを取り戻してくれる……今度こそ、ときめく恋をするのよ!」
その叫びとともに、神々の歓声が高まっていく。
光の粒がカモメの周囲を包み込み、彼女のミラクルバンブーがまばゆいほどの輝きを放った。
天馬雷鳴号が冷静に告げた。
「現在、渚カモメの神々からの歓声、急上昇中。神技発動の臨界点に到達間近。タケル、警戒を怠るな」
「これが……神様たちを味方につけた力……!」
タケルは歯を食いしばった。
「だけど俺は……俺のやり方で神様たちを楽しませるんだ!」
カモメは最後に大きく叫んだ。
「神々よ! この私にさらなる力を!」
光が激しく揺らめき、まるでフィールドそのものが震えるようだった。
タケルはその光景を見据え、ゆっくりと竹馬の姿勢を正した。
カモメのまばゆい光に包まれる姿を見つめながら、観戦席の夏雄は静かに分析していた。
「なるほど……カモメさんに向けられた神々の歓声、確かに急激に増えています。でも……これは“同情”によるものです」
横にいたユレルが振り返る。
「同情?」
夏雄は優雅に前髪を手ぐしでかき上げてから頷いた。
「はい。彼女の過去の苦労や後悔に心を寄せた神々が、感情移入して歓声を送っているんです。実力への賛美ではなく、情に流された声援……いわば一時的なものです」
「でも、神技が強化されるのは事実だわ」
「ええ。ただし、それは長くは続きませんよ」
その瞬間、カモメがチェーンを一気に振り抜いた。
「さあ、タケル坊や、決着よ!」
ハート型の輪が連なったミラクルバンブーのチェーンが蛇のようにうねりながらタケルの身体を捕えた。
「うわっ!」
タケルは回避しきれず、身体に絡みつくチェーンに締め付けられた。
全身を拘束されたまま、身動きが取れない。
「これで観念しなさい!」
カモメが両手に力を込める。
ビリビリビリッ!!
チェーンのハート型の輪からピンク色の電流が走り、タケルの身体を包み込む。
「くっ……うぁっ……!」
タケルの全身が震え、汗が吹き出る。
ピンク色の電流は優しげな色合いに見えて、その実、神々の歓声から生み出されたエネルギーが凝縮されたものだった。
「ふふふ……私の神技『ミラクルスパークル・ボンデージ』よ。私の愛が生み出す電撃拘束。無理に抵抗すればするほど、甘い痺れが強まるわ」
カモメは妖艶に微笑む。
「……タケル坊や、もう終わりにしましょう? 私もなるべく痛いことはしたくないの」
ますます神々の光がカモメに降り注いでいく。
夏雄は再び呟く。
「これは同情のピークですね。けれど、タケルくんはここからが本番です」
「タケル……!」
ユレルは祈るように手を組み、竹丸も必死に応援の声を上げる。
「タケル、がんばるウマ!」
拘束されたまま、タケルの瞳だけはまだ燃えていた。
「……俺は、まだ終わらない!」
タケルの心に、次なる策が浮かび始めていた。