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第三十四話 小刻ラボの限界

 第六試合の翌日。

 ラボの自動ドアが控えめな電子音を鳴らして開いた。


「うわー、全身バッキバキだよ。昨日のバトルのせいで筋肉痛確定だって……」


 タケルがいつもの赤いTシャツ姿で、だるそうに肩を回しながら小刻ラボに入ってくる。

 しかし、ラボの中はその軽口とは正反対の空気で満たされていた。


「ユレル! アルファ型ナノマシン、あと三十ユニット追加デース!」


 ジョニーのカタコトの叫びが響く。

 タケルがギョッとして視線を向けると、ラボの中央ではジョニーとユレルの緊迫した作業が続いていた。

 天井まで届く回復ポッドが青白く輝き、その内部には、無惨にも真ん中からぽっきりと折れた竹……天馬雷鳴号の右半身が、溶液の中で静かに沈んでいる。


「ジョニー兄さん、それ以上はだめよ! アルファ型ナノマシンをこれ以上投与したら機械パーツを侵食して……自壊が始まるわ!」


 ユレルの声はかすかに震えていた。その声は涙声に近い。

 それでも彼女の指は止まらない。モニターを見ながら高速でコンソールを操作している。緊張でこわばった唇が白くなっていた。


「ダカラといって、今のままではエネルギー流動が止マルデース! 電解液の循環バランスが崩壊したら、竹の組織が崩壊しマース!」


 ジョニーはオーバーな身振りで叫ぶ。


「アルファ型の反応曲線、指数的に上昇してるじゃない! もう臨界点よ!」

「マダいけマース! 臨界ギリギリで止メレバ、逆転ノ可能性アリマス!」

「そんなギャンブルできるわけないでしょ!」


 ふたりの間に飛び交う専門用語が、もはや呪文のように響く。


「イオン結合再構成!」

「細胞模倣分子の崩壊反応!」

「フィードバックループのオーバーフロー!」


 それらの言葉の意味など、タケルには一切わからなかったが、ただならぬ事態だということだけは空気の温度で理解できた。


「……お、おーい」


 気まずさを振り払うように、タケルはいつも通りの調子で声をかけた。


「どうしたんだよ、ふたりとも。そんなシリアスな空気出して。俺、何かドッキリ仕掛けられてる?」


 軽く笑ってみせたが、その笑顔は誰にも返されなかった。


 ユレルがやっとタケルに気づいた。

 振り返ったその顔には、疲労と悲痛が入り混じっている。

 唇がわずかに震え、何かを言おうとするが声にならない。

 ジョニーはそんなユレルの肩にそっと手を置いた。


「ユレル、ワターシが話しマス」

 

 ユレルはかすかに頷き、「ジョニー兄さん……」とだけ呟く。


 ジョニーは振り返り、いつになく真剣な表情でタケルを見据えた。


「タケル! どストレートに言いマース! 天馬雷鳴号の右半身は直りマセン! 修復はインポッシブルです!」


 ビシッとジョニーに人差し指を向けられたタケルはビクッと肩を揺らす。


「……は?」


 一瞬、時間が止まったようだった。タケルの口元から笑みが消える。


「ど、どうしてだよ。いつもみたいにポッドに入れれば、竹の傷だって修復できるんだろ? 天馬だぞ? あいつなら……」


 タケルは言葉を早口で畳みかけるが、その焦りが逆に現実味を増していく。


「ナノマシンは……万能じゃないのよ」

 

 ユレルが静かに言った。声が震えている。


「多少の亀裂や焦げなら修復できるけど……こんなにぽっきり折れた竹は、もう“素材としての連続性”が失われてしまったわ。ナノマシンが修復するための“道”そのものが、もうないのよ」


「小刻ラボの科学リョクでもムリデース。有機体の大幅な損傷を再構築するのハ……神ノ領域デース」


 ジョニーが小さく肩をすくめる。いつもの調子を装っているが、その目には悔しさがあった。


 肩を震わせながら、タケルは唇を噛む。


「……だったら、新しい竹を使えばいいだろ!」


 その声は、必死な叫びに近かった。


「こんなぽっきり折れた竹じゃなくてさ、俺が新しいの採ってくる!  新しい竹に天馬の機械パーツを取り付ければ今までと同じ天馬になるだろ!」


 動揺で息が上がったタケルは呼吸が乱れ、肩が大きく揺れていた。

 言い切った勢いのまま振り返り、ラボの自動ドアに向かおうとするタケル。


「待って、タケル!」


 追いすがるように手を前に出したユレル。その手は微かに震えている。


「なんで待たないといけないんだよ。天馬が大変なときに俺が動かないでどうするんだ!」

「それは……」


 ユレルが言い淀む。

 視線が泳ぎ、モニターの明かりが彼女の頬を照らした。


 タケルは一歩、ユレルに歩み寄る。


「なんだよ、ユレル? なんで黙るんだよ」


 ユレルは答えられず、俯いてしまう。

 見かねたジョニーがユレルの前に歩み出た。


「天馬雷鳴号に相応しい竹は運命に選ばーれた、スペシャルな竹。そんじょそこらに生えてる竹では適合しまセーン!」


 両手を天に掲げ、芝居がかった動きを付けてジョニーが断言する。


「う、運命に選ばれた……竹……?」


 衝撃を受けたタケルは、ジョニーの言葉を繰り返すことしか、今はできなかった。

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