第三十三話 予測を超えた渾身の一撃!
タケルが天へと駆け上がる。
天馬雷鳴号の蹄が白光を描き、タケルの身体が風を裂いた。
「あの体勢は……!」
天を見上げるユレルが息を呑む。
タケルは竹馬の足台に足を付けたままで左足を高く上げ、右足を乗せた竹馬を下方へ突き出し、飛び蹴りの体勢になる。
脚の筋肉がしなり、風が爆ぜた。天馬雷鳴号から発するオーラがタケルの全身を包み込んでいく。
観客の声援がフィールドに響き渡った。
「これで決まるウマ! タケル、一気にいけウマー!」
上空のタケルを見上げながら竹丸が声を張り上げる。笑顔のユレルも拳を握っていた。
サポート席のユレルと竹丸は勝利を確信して緊張感が薄れていたが、夏雄だけは冷静に戦況を分析を続けている。
「高度、角度ともに理想的……着弾と同時に『天馬の蹄』が最大出力で発動するでしょう」
誰もがタケルの勝利だと思っていたなかで、サイボーグ社員・斎藤だけは動かず、冷たい銀の瞳でタケルを見上げていた。
無表情の中に、一片の計算された光が宿る。
降下開始。
タケルは重力に身を委ね、竹馬に乗せた身体がまるで雷のように鋭く突き進んでいく。
風が切り裂かれ、フィールドに耳をつんざく音が鳴り響いた。
「喰らえええッ! 『天馬の蹄』ッ!」
急降下したタケル。竹馬の右脚の蹄が地面を踏みつける寸前、閃光が走った。
ギィンッ!
甲高い金属音。
タケルの身体が地上から2メートルほどの高さで止まっている。
斎藤の両手が合掌し、天馬雷鳴号の右軸をがっちりと挟み込んでいた。
まるで真剣白刃取りのようにタケルの竹馬を止め、高速落下してきたタケルを地面に着地するギリギリで制している。
接触面から火花が散り、金属の装甲と天馬雷鳴号の竹が悲鳴を上げた。
「……なっ、何だと!?」
タケルの目が見開かれる。
まさか空中で止められるとは、タケルは予想外の展開にそれ以上の言葉が出てこない。
そんなタケルの耳に斎藤の無機質な声が響く。
「『天馬の蹄』は、地面を踏み砕く衝撃を媒介に発動する神技。つまり……着地しなければ、神技は成立しない」
発動条件がわかっても生身の人間ではそれを実行するのは困難。斎藤のメタルボディだからこそできる芸当といえる。
「なっ……!」
ユレルが息を呑む。
「発動条件を読まれた……いや、それを行動に移せるバトラーがいるとは……」
夏雄が呟きながら身を乗り出した。
タケルは竹馬を引こうとするが、ビクともしない。
銀の手の力はまるで鋼鉄の枷。
竹馬の軸が軋み、オーラが火花のように散った。
「離せぇッ!」
「無駄です。……解析完了。あなたの攻撃パターンは、既に学習済みです」
斎藤の単調な声が、逆に冷たく響く。
夏雄が唇を引き結び、低く言った。
「……斎藤はタケルさんの挙動を逐次学習している。今の彼は人間ではなく、いわば演算体です。タケルさんの動作を、未来予測で先読みしているのです」
「未来予測だと!?」
タケルが歯を食いしばり、斎藤を睨みつける。
その間にも、竹馬が火を吹きそうなほど軋む。空気が焦げ、オゾンの匂いが立ち込めた。
「やはり……皇コンツェルンの技術力、恐るべしですね」
夏雄の声には、戦慄が滲んでいた。
「タケル、冷静に! 力で押しても無理よ!」
ユレルが叫ぶ。
だが、タケルは首を振った。
「予測なんか知るもんか!」
その瞳が、炎のように燃え上がる。
その瞬間、タケルは右の竹馬を手放した。
「えっ! タケル!?」
ユレルが息を呑む。
タケルの右足が竹馬の足台を蹴り、全体重を左足側へと移す。
右手も、左の竹馬へ。
斎藤に拘束されていない左の竹馬に全身を預けた。
「これは予測できないだろ!」
叫ぶと同時に、タケルは一本の竹馬を地面に踏み込もうとする。
これまでタケルが見せたことのない行動に、斎藤の反応が追いつかない。
ドンッ!!!
大地が鳴動する。
竹馬の蹄が地面を砕いた。
その瞬間、天地を裂くような雷鳴が轟く。
タケルの全身を包んでいたオーラが収束し、竹馬の脚を通じて大地に叩き込まれる。
神技、天馬の蹄が発動した。
地面が爆ぜ、光の柱が立ち上がった。爆風が円状に広がり、フィールド全体を震わせる。
斎藤は右の竹馬を掴んだまま、爆風を抗おうとした。
しかし、爆発的な衝撃に耐えきれず、その身体が吹き飛ぶ。金属の腕が軋み、関節が悲鳴を上げる。
そのまま後方へ弾き飛ばされ、設置された障害物を破壊しながらフィールドの端へ叩きつけられた。
タケルは着地点で体勢を立て直す。右の竹馬を失ったまま、一本の竹馬をまるで曲芸師のように操り、軽やかにバランスを取り直した。
「一本だけで立ってる……!」
ユレルの声が震えていた。
爆煙が立ちこめる。
焦げた鉄の匂いが漂い、熱気が肌を刺した。
やがて煙の中から一つの影が姿を現した。
サイボーグ社員・斎藤。
その姿は焦げ付き、装甲の継ぎ目から火花が漏れている。
右手には、タケルの右の竹馬、天馬雷鳴号が握られていた。
しかし斎藤の足は、地を踏んでいる。
否、膝をついていた。
ユレルが呆然とつぶやく。
「竹馬から……降りてる……」
竹丸が跳ね上がった。
「斎藤が竹馬から降りてるウマ! 竹馬闘戦で地に身体をつけたら、それは負けを意味するウマ!」
ブオオオオオオ――!
天上から法螺貝の音が鳴り響いた。
それは勝利を告げる、凱旋の音。空を突き抜け、大気圏の彼方まで届くかのように鳴り渡った。
『勝者、竹重タケル!!』
勝者を告げるアナウンスが響いた後、観客席から熱気が爆発する。
観客たちは総立ちとなり、タケルの名を叫んだ。
だが、その喧噪の中で、タケルはすぐに表情を曇らせる。
斎藤が、何かを手にしているのが見えたのだ。
タケルが目を凝らすと、斎藤が持っていたの天馬雷鳴号の右側。無造作に地面へと投げ出された。
ドサリ。
地面に力なく落ちた天馬雷鳴号は竹の軸が中央で折れ、機械パーツから火花が散っている。
斎藤は膝をついたまま、誰にも聞こえぬほどの声量で呟いた。
「……任務……完了……」
勝利の余韻を裂くような不穏さだけが空気に残る。
「天馬!」
タケルは咄嗟に駆け寄った。
地面に膝をつき、折れた竹馬を抱き上げる。
竹の表面は焦げ、ひび割れ、歓声の光もほとんど残っていない。
まるで長年の戦友を失ったような顔で、タケルはその竹馬にすがりついた。
「おい、嘘だろ……! まだ、動けるだろ? なぁ、天馬!」
必死に呼びかけるタケル。
「タケル。私は完全に機能を停止していない。右半身の損傷は甚大だが左半身は正常に機能している」
いつもの天馬雷鳴号の声が、タケルが担いでいる左の天馬雷鳴号から聞こえてくる。
「なんだ。天馬、脅かすなよ」
タケルは安堵の表情でへたり込んだ。そして、いつものように天馬雷鳴号から戦闘データに基づくダメ出しをされる。
熾烈を極めた戦いが終わり、天馬雷鳴号の状態を確かめたタケルは清々しい笑顔を浮かべていた。
サポート席のユレルは口を押さえている。頬が蒼白になり、手が震えていた。
「……タケヤスさん、ジョニー兄さん」
隣に座る夏雄はユレルの様子を横目で見ていた。
彼女の反応に何か引っかかるものを感じる。
(……ユレルさん?)
だが夏雄は、その言葉を口に出さない。
いつもの涼し気な面持ちに少しばかりの険しさを滲ませ、静かにフィールドを見つめていた。




