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第三十話 夏の終わり?

 八月も下旬。

 すっかり日焼けしたタケルがラボに姿を見せた。


「みんなー! ひさしぶり!」


 自動ドアが開き切る前に身を滑らせ、白い歯を見せながらご機嫌に叫ぶ。

 ラボでは、ユレルとジョニーがテーブルを挟んでかき氷を食べている。

 竹丸は小さな体で器用にかき氷マシンの上に乗り、ちいさな前足でハンドルをぐるぐる回していた。

 ガリガリと氷が削れる音が部屋に響いている。


「久しぶりじゃないわよ!」


 ユレルはスプーンを机に置き、眉をひそめた。


「夏休みに入ってから、一度も顔を見せなかったじゃない。いったい何をしてたのよ」


「ソーダ、ソーダ!」と、ジョニーも加勢する。


「ワタシも、タケル、心配シタデース! ナツヤスミにタケルの姿、カゲモナイ!」


 タケルは頭をかき、悪びれることなく笑った。


「ごめん、ごめん。うちの両親って海外赴任してるだろ。普段は家政婦のミナイさんとふたり暮らしなんだけど、夏はミナイさんが休暇で地元に帰っちゃってさ。だから、俺は両親がいるロサンゼルスに行ってたんだよ」


 ユレルが呆れ顔になる。


「それならそうと一言連絡すればよかったじゃない」


 竹丸もハンドルを回しながら声をあげる。


「せめてボクに連絡するウマ! いきなりいなくなるから心配したウマよ!」

「デモデモ!」


 ジョニーがスプーンを振り上げる。


「NOファミリー、NOウォーター! 家族水入らずネ! シアワセ、ファミリーバケーション! イイネー!」


 妙な英語交じりで、ジョニーはなぜか自分のことのように嬉しそうだ。


「まぁまぁ、悪かったって」


 タケルは背負っていたリュックを下ろし、ジッパーを開けた。


「ほら、お土産」


 取り出したのは、色鮮やかな缶に詰まったマカダミアナッツだった。


「はい、ユレル」


「わたしに?」と受け取ったユレルはラベルを見て、目を丸くする。


「ちょっと! これ、ハワイのお土産じゃない!」


 タケルはあっけらかんと笑い飛ばした。


「あー、バレたか。実は土産買うの忘れててさ。帰りの日本の空港で、それっぽいのを急いで買ったんだ」

「……開き直らないでよ」


 ユレルが額を押さえる。


「あなたって本当に……」

「マカダミア! オイシイカラ、オールOK!」


 ジョニーが缶を掲げて大声で笑った。

 竹丸は首を振りつつも、ナッツをつまんで「まぁ、うまいから許すウマ」と口を動かした。


「明日からはちゃんとラボに顔出すからさ! みんなで残りの夏休みを満喫しようぜ!」

 

 ピースサインを突き出し、自信満々に笑うタケル。

 ジョニーも答えるようにピースサインを返す。そんなふたりを呆れ顔で見ているユレルと竹丸だった。



 数日後。

 帰国して以来、タケルはすっかりラボに入り浸っていた。

 ソファに寝転がり、タケウマンチップスを片手にテレビゲーム。すっかり常連客のような態度だ。


「タケル、ナゼ外でアソバナイ?」と、ラボの奥からスライドして現れたジョニーが尋ねる。


「こんな猛暑なのに外で遊んでたら死ぬだろ。涼しいラボでお菓子とかかき氷とか食いながらダラダラするのが最高なんだよ」


 タケルは胸を張って言い返す。


「ナマケモノ・サマー! デモ、チョット、ウラヤマシイデース」


 ジョニーも結局は笑いながら、手にしたかき氷をスプーンですくう。


 その横ではユレルが机にかじりつき、真剣にパソコンへ向かっている。

 大学のレポート作成に夢中で、タケルたちのやりとりにもほとんど反応しなかった。



 さらに数日後。

 涼しい風を纏った夏雄がラボに姿を現した。

 汗ひとつかかず、整った身なりのままでにこやかに声をかける。


「みなさん、お待たせしました。最高級の宇治抹茶と上質な粒あんをお持ちしました。今日は特別なかき氷を楽しみましょう」


 竹丸が小さな体でマシンを操作すると、ふわふわの氷が削られてゆく。そこに鮮やかな抹茶シロップと艶やかな粒あんがのせられた。


 一口食べたタケルは目を見開き、両手を空に突き上げる。


「な、なんだこれ! まるで舌の上で雅な宇治川が流れてるみたいだ!」

「ほう……これが本物の和の調べ。粒あんの一粒一粒が、甘さの楽団を奏でておりますね」


 夏雄も目を細める。


「オイシイ! クチノナカ、ワンダーランド!」


 ジョニーも負けじと感想を叫ぶ。


「……大げさな人たちね」と言いつつ、ユレルもスプーンを口に運ぶと頬を染めた。


「……確かに、これは別格」



 そしてまた数日が経った。

 ラボの机ではユレルと夏雄が真剣な面持ちで論文作成に取り組んでいる。

 その背後で、タケルはお菓子をつまみながらゲームに夢中だった。


 ふと、夏雄が画面から目を離し、優雅に問いかける。


「タケルさん。学校へ行かなくてもいいのですか? もう九月に入ってますけど」


 タケルは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。


「はぁ? まだ夏休みだろ? だって夏雄もユレルもここにいるじゃん!」


 夏雄は穏やかに笑いながら指摘した。


「僕とユレルさんは大学生ですので、九月も休暇です。ですが、タケルさんはまだ小学生。夏休みは八月まででしょう」


「えっ……」


 タケルの顔から血の気が引いていく。椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。


「し、しまった! ……いや、でもまあ、明日からでいいや」


 あっさり開き直る。


 論文に集中していたユレルは大きくため息をついた。


「ほんと、信じられない……」


 しかし夏雄は柔らかく笑った。


「夏休みの終わりを自分で決める。それもまた教育の多様性かもしれませんね」

「そんなわけないウマ!」


 竹丸が元気よくツッコミを入れる。

 タケルは悪びれることもなくゲームを再開し、ラボには微妙な空気が流れた。

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