第二十七話 賛否両論
スズカの姿が光に溶けて消えていった。
残されたコメオは、その場に立ち尽くす。
「スズカ……? なんで……」
呆然と呟く声は、どこか寂しげだった。いつもの柔らかな微笑みはなく、口元がわずかに引きつっている。
完全に想定外――そんな顔だった。
「これで全員いなくなった?」
タケルがぽつりと呟く。
コメオの目の前から、美少女たちの姿は完全に消えていた。
神技『ハーレム・ビット』を支えていたヒロインたちはもういない。
神々の歓声も消え、光も散り、ただ静寂だけがフィールドに残った。
サポート席でも、しばし沈黙が流れていた。
「……まさか……スズカまで……」
ユレルが驚きと困惑を滲ませながら、唇を噛む。
その隣で、夏雄が静かに首を振った。端末に表示された神々の反応を確認して息を呑む。
「……まさか、ここまでとは。想定外です。僕の分析が……不十分でした」
「え? でも、スズカを選んだんでしょ? 本命ルートで人気が戻るんじゃなかったの?」
タケルの問いに、夏雄はうっすらと苦笑を浮かべながら、静かに説明を始める。
「……恐らくこれは、“賛否両論”の現象です」
「賛否両論?」
「ハーレム系ラブコメでは、それぞれのヒロインに熱心なファンがいる。つまり、読者……今回で言えば神々は、自分の推しが選ばれなかったと知ると、強い拒絶反応を示したのです」
ユレルは目を見開いた。
「つまり……神々の“推し”は、スズカじゃなかったってこと?」
夏雄はうなずいた。
「たぶん、そうです。彼女を選んだことで、残りのヒロインたちのファン――“スズカ以外を推す神”たちが歓声を取り下げた。結果、スズカを支える力も足りず……彼女も消えてしまった」
「神様たち、案外、俗っぽいわね……」
ユレルは目を伏せながら、吐き出すように言った。
フィールドの中央。
コメオはふらりと竹馬を降りた。
「……負けだ。神技がなければ、僕に勝ち目はない」
その声は静かだったが、敗北をしっかりと受け入れていた。
観客席から再びざわめきが戻り、フィールドの空気が変わっていく。
「タケル、勝負は決した」
天馬雷鳴号の声がタケルの耳に響く。
ブオオオオ――!
再び法螺貝の音が高らかに鳴り響いた。
『勝者、タケル!』
実況アナウンスが響くと同時に、フィールドの光が一気に晴れた。
机と椅子の迷宮が音を立てて崩れ、日常の空気が戻ってくる。
タケルはそっと息を吐いた。
しかしその表情は複雑だった。
「……なんか勝った気しないな」
それはラブコメで生きる者と対峙したからこそ出た、素直な感想だった。
敗北を認めたコメオは、フィールド中央で客席に向かって深々とお辞儀をした。
その姿は敗者のものとは思えないほど、清々しく、凛としていた。
すると――。
「きゃあああっ! コメオくーんっ!」
「負けてもカッコいいとか、なにそれズルいー!」
「私たち、ちゃんと見てたからねーっ!」
会場のあちこちから、黄色い声援が巻き起こった。
試合の勝者はタケルだったはずなのに、声援の熱量では完全にコメオが上をいっている。
そして次の瞬間、まるで押し寄せる波のように、女性たちがコメオのもとに殺到した。
あっという間にコメオの周囲は花の園と化し、彼はその中心でどこか申し訳なさそうに微笑みながら、満更でもなさそうに頬をかいていた。
「……やっぱモテるんだな、アイツ……」
タケルがポツリと呟く。
自分のほうが勝者なのに、なんだか納得いかない気分だった。
「ラブコメの神に愛されてる感じデース」
ラボのジョニーが突然スッと前に出た。
いつもの軽快な口調ながらも、どこか真剣なトーンだった。
「タケル、あれは天性の“ラブコメ体質”デース!」
「ラブコメ体質……?」
「コメオには不思議と女子が吸い寄せられてくーるー。何もしていないのにドキドキイベントが発生して、なぜか誤解と偶然が連続! しかも、失敗しても嫌われないッ!」
ジョニーが指を突き立てるたび、スクリーンには先ほどの美少女たちが登場するシーンのハイライトが映し出された。
「どんな状況でも、モテイベントが自然発生! しかーも、ガールたちが敵対してもフレンドシップが崩れず、“結果的に全員から愛される”という無敵状態に入るのデース!」
「それ、チートじゃん!」
タケルが額に手を当てる。
自分が竹馬の技と努力で勝ち上がってきたのに、あまりに真逆すぎる生き様に目眩がした。
タケルのことなどすでに忘れたコメオは、ハーレムを引き連れて退場していく。
まさにラブコメの王道を歩むように……。




