第二十六話 読者離れ
ランの姿が霧のように薄れ、ついには光の粒となってフィールドに消えた。
その光景に観客も息を呑む。
静まり返るフィールド。
「なんで……消えたんだ?」
タケルは言葉を失い、竹馬の上で固まっていた。
「神技による存在が……まさか、消滅……?」
ユレルも思わず目を見開き、端末を操作する手が止まる。
その横で、夏雄はうなずいた。
「……やはり推測した通りです」
「え、推測って何が?」
ユレルが振り返る。
「どういうことウマ? さっきの子、爆発でやられたんじゃなくて、スゥッと……フェードアウトしてったウマ」
竹丸も不安げに眉を寄せて問うた。
夏雄は手元の端末を確認しながら、冷静な口調で語り出す。
「いわゆる“ラブコメ展開”そのものに神々は興味を示していました。どのヒロインがコメオと結ばれるのかと」
「それがラブコメの楽しみ方ウマ!」
「そう。本命を決めず、複数のヒロインと関係を引き伸ばす――恋の結論を曖昧にすることで、読者を焦らす構造。ですが、これには明確なデメリットがあります!」
夏雄は言い切った。
「“飽きによる読者離れ”です。読者、つまり、神々の関心が徐々に薄れていく」
「それって……」
ユレルがハッとしたように声を漏らす。
「……あまりにも誰も選ばないままだったから、神々が飽きて……」
「そうです。それによりコメオに向かう歓声の量が落ちた。そのせいで神技の維持に必要なエネルギーが足りなくなったので“ラン”が消えたんです」
夏雄の端末に表示されたグラフは、神々の歓声を表す波形が一部で急落していることを示していた。
「なるほどね……」
ユレルは腕を組み、ゆっくりとうなずく。
「神技の出力量は神々の歓声……つまり、神々の興味やときめきの総量ってわけね。コメオがずっと本命を選ばず、引き延ばしたから、読者離れならぬ、神離れが起きた……ってこと」
「そういうことです」
夏雄は静かに言い切った。
「うわぁ……ラブコメ男子の末路って、こんなに悲惨ウマね……」
竹丸がポツリと呟いた。
コメオは未だに、残る三人の美少女に囲まれて、曖昧な微笑みを浮かべている。だが、その笑みはどこか不安げで、先ほどまでの余裕はもうなかった。
「タケルさん」
夏雄が通信越しに呼びかけた。
「コメオの神技の崩壊は始まっています。長期戦を続けてください。時間が経てば、いずれは……」
「ありがとな、夏雄!」
タケルはうなずいた。
「……なるほど。読者離れか」
コメオは肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべた。だが、その視線には苦々しさが滲んでいた。
「まさか、読者……いや、神々の“飽き”で、ランが消えるなんてね」
夏雄は静かに頷く。
「ラブコメでは、同じ展開が続きすぎると“離脱”されてしまう。神技も、神々の共感と関心がなければ維持できない」
「つまり、ハーレムってのは……そんなに長続きしないってことか」
タケルがあきれたように竹馬の上で腕を組む。ユレルも頷きながらぼやいた。
「本命も決めずに、複数の女の子とイチャイチャしてるからよ」
その言葉に、コメオは苦笑しながらも、どこかで納得したように視線を伏せた。
「……仕方ない。なら、次の手に出よう」
「警戒せよ、タケル。まだ勝敗はついていない」
天馬雷鳴号の警告が響く中、コメオがゆっくりと顔を上げた。やけに静かな声で、隣に浮かんでいた少女に語りかける。
「スズカ。君が、俺の本命だ」
「えっ……な、なによ、いきなりっ?」
顔を真っ赤にし、スズカは両手で頬を隠した。
「こ、こっちはまだ心の準備がっ……べ、別に嫌じゃないけど……うぅ、バカッ!」
その恥ずかしそうな反応に、観客席の一部から歓声が上がった。
「ふふ……ハーレムで神々の歓声を失ったなら、今度は“本命彼女との日常ラブコメ”で巻き返す。これも定番の手法さ」
トモヨとマリアの体が淡く揺れ、ふとした瞬間に透けるようにして消えていった。
「ちょっ……!」
タケルが思わず叫ぶ。
マリアは消え際に「ごきげんよう」と静かにお辞儀し、トモヨは笑顔のまま手を振って消えていった。
そして、スズカだけが残った。
コメオは満足そうにうなずく。
「これで完璧。スズカと俺の甘々な日常……放課後、教室でおしゃべりして、寄り道して……たまにケンカして、仲直りして――」
その時だった。
スズカの表情が凍りつく。
「う、うそ……。な、なんで……?」
彼女の足元から、光の粒が立ち上る。スズカの体も徐々に透けていく。
「え……? ちょ、待って……待ってよ! いま、恋人になったばっかりなのに……!」
消えかけながら、スズカは必死にコメオに手を伸ばした。だがその指先は彼に届かず、風のようにふわりと宙へ溶けていく。
フィールドに残されたのは、唖然とした表情のコメオひとり。
「……スズカ……?」
呆然と呟くその声は、虚空に吸い込まれるようにかき消えた。




