第二十二話 守ってあげたい頑張り屋
見渡す限り、整然と並んだ学校の机と椅子。その数は数えきれず、まるで巨大な教室が無限に広がっているかのようだ。
「な、なんだここ……?」
タケルは目を瞬かせながら、自分の竹馬の蹄を揃えた。
見慣れぬフィールドに緊張して、いつもより動きが硬い。
「このフィールドは障害物が多数。機動戦闘には不向きだ。警戒せよ、タケル」
天馬雷鳴号の冷静な助言に、タケルはうなずきつつも、どこか落ち着かない表情だった。
「対戦相手の名前すら聞いてないのに、急に第五試合とか……どうなってんだよ、この竹馬闘戦は……」
そう呟いた瞬間、机の迷路の向こうから足音が響いた。
コツ、コツ、コツ
誰かが近づいてくる。
その足取りは特徴がなく、どこか遠慮がちだ。
やがてタケルの視界に現れたのは、一人の青年だった。
紺色の学生ブレザーに、灰色のズボン。襟元には紺色のネクタイ。服装だけでなく、体型もいわゆる平均的な高校生のように見えるが、どこか構ってあげたくなる不思議な雰囲気を漂わせている。
前髪が異様に長く、目元を完全に覆い隠していて顔が見えない。
「こいつが対戦相手?」
タケルが困惑していると、サポート席のユレルが端末をタップして情報を読み上げた。
「羅武コメオ。年齢不詳。愛機は『エロスカリバー』。この試合が彼にとって初戦。予選では対戦相手の女性が全員降参したらしいわ」
「ラブって、すごい苗字ウマ!」
竹丸がベシッと端末の端を叩く。
「なんだ、ゼロ勝かよ」
タケルが安堵しかけたその時、夏雄が静かに口を開いた。
「……測定によると神々の歓声は、すでにコメオにも集まっています。特定の分野において秀でた者は歓声を集めやすい。油断は禁物です、タケルさん」
「事実、八百万の神々の一部が彼に好意的な反応を示している。このままでは神技を先に発動される可能性あり」
天馬雷鳴号の言葉に、タケルは改めて警戒を強めた。
コメオは、竹馬でそろそろと近づくと、ぎこちなくお辞儀をした。
「えっと、コメオです。よろしくお願いします」
「よろしく……」
返事を返しながらも、タケルの警戒は解けない。
ブオオオオオオオオ――!
法螺貝が鳴り響く。整然と並んだ学び舎のようなフィールドで、得体の知れない第五試合が、いま幕を開けた。
タケルは机と椅子の間を巧みに駆け抜け、小手調べとばかりに竹馬の蹄で床を蹴り、勢いよく間合いを詰めた。
「いくぞ!」
竹馬の蹄を振り下ろすように、コメオの肩口を狙った一撃。しかしコメオは、
「わっ……! あぶなっ!」
と驚きの声をあげ、机の陰にひょいと身を隠す。
結果、タケルの攻撃は机の角をかすめ、机は真っ二つに割れて崩れた。
「なっ……今の、よく避けたな……」
タケルの額に冷や汗がにじむ。
狙いは正確だった。それをあの挙動で避けるとは。
「ただの偶然だって」
コメオは片手を縦にし左右に振る。
だが、フィールド外から女性観客の歓声が一斉に上がった。
「キャー!」
「不器用なのに頑張ってるところが可愛い!」
その声援に、上空の八百万の神々の視線がふわりと揺れた。
「観測、コメオに対する神々の歓声の増加を確認」
天馬雷鳴号の冷静な声がタケルの耳に届く。
「ちょっ……なんでだよ? 今の何もすごくなかっただろ!」
「状況を分析するに、彼の“頼りなさはありつつも頑張っている姿”が観客の保護欲を刺激しています。神々の一部も、その感情に呼応しているようですね」
夏雄が端末を操作しながら低く告げた。
タケルは歯ぎしりし、再び攻めに転じる。机を飛び越え、椅子の背を蹴り、斜め上からコメオを狙う。
「うわああああっ!」
コメオが叫び、勢い余って机の山に突っ込んだ。その姿にまたしても女性観客の黄色い声が飛ぶ。
「なにあれカワイイ~!」
「抱きしめてあげたい!」
コメオに向けられる神々の歓声はさらに大きくなり、天馬雷鳴号が告げる。
「このままでは相手に神技発動の条件が整う。無策な攻撃は逆効果だ、タケル」
「……マジで? どーしろってんだよ、こんなの!」
タケルの視線の先、コメオは必死に体勢を立て直していた。だがその不器用な姿が、また女性たちの心をくすぐる。
一方、ラボで様子を見ていたジョニーは頬を引きつらせた。
「ジョニー、ぜんぜん胸キュンしないデース……」
サポート席の竹丸も同じく、うんざりしたように首を振った。
「全然萌えないウマ。なんであんなに人気あるウマ?」
「……けれど、これはまずいですね。あの歓声の量……」
夏雄が目を細め、神々の反応データをモニターに映す。
「タケルさん、感情ではなく、戦術で流れを変えるしかありません」
「わ、わかってるって!」
しかし、その戦術が思いつかないことに、タケル自身も焦りを感じていた。
(何か突破口を……!)
コメオはふらふらと立ち上がり、情けない声をあげながらも懸命に竹馬を操ろうとしていた。その姿に、神々の歓声はなおも集まり続けていた――。




