第二十話 タケル、ラーニング!
「うあぁぁぁ……終わった……」
ラボの机に突っ伏したタケルの手元には、「28点」の答案用紙。
タケルの身体は、答案用紙と一緒に吹き飛ばされそうだった。
「追試で落ちたら補習って……それ、第五試合に出られないかもしれないってことだよな……」
「その通りウマ! いつ試合になるかわからないウマ!」
竹丸がバチッとツッコミを入れる。
「どうしよう……算数だけは、マジで意味わかんねぇ……」
タケルが頭をガシガシと掻きむしる。
「ふふ、私に任せて」
ラボの奥から出てきたユレル。
「こう見えて大学の成績は常に学年トップ。タケルの補習回避、絶対に導いてみせるわ!」
しばらくして、ラボに再び現れたユレルはなぜか教師ルックだった。
黒縁メガネ、タイトなスカート、そして強調された曲線。
「さぁ、授業始めましょ。教壇に立つ“女教師ユレル先生”の特別授業よ」
「え、ちょ、なに、その格好! 集中できねーよ!」
「静かに♡ これは“男性学習者の集中力を上げる視覚刺激”なの。さぁ、まずは分数の足し算から……」
ユレルがホワイトボードに図を書いて説明を始めるが、タケルの視線は上がらない。
むしろ、意識を逸らすのに必死だった。
「……お、おい、ユレル、なんか背中がチラ見えしてる……!」
「じゃあもっと見せてあげる……」
ユレルがシャツのボタンに手をかける。
「だめウマぁぁぁ! この授業アダルトすぎて、教育委員会に怒られるウマ!」
「くっ……だめか……セクシー作戦、失敗ね……」
ユレルがうなだれる。
「やれやーれ。ユレル先生、失格ダネ〜!」
どこからともなくジョニーがスライドしてきた。
サングラスをくいっと上げて首を振る。
「ジョニー兄さん、私の作戦より良い秘策でもあるの?」
「フフフ、こう見えてワタシ、科学と教育の架け橋デース!」
ジョニーはごそごそと何かを取り出した。
ピカピカに光るメタリックなヘルメット。それには小さく「脳力向上実験試作第15号」と書かれている。
「これ、かぶれば頭よくなるヨ! 追試対策バッチリ!」
「マジで!?」
「もちろん副作用もナイ……たぶんナイ……もしかしたらアル。でも今は重要じゃナイ!」
タケルが勢いでヘルメットを被る。
「……どう? なんか感じる?」
心配そうにタケルを見ているユレルと竹丸。
「……おおっ! 俺、急にインスピレーションが……! この数式、違うんだよ! まずグローバルに、ライフスタイルから整えて……!」
「ライフスタイル……?」
ユレルと竹丸が顔を見合わせる。
「わかった! この答えよりも、もっと未来志向でアプローチすべきなんだ! 机の上でやる勉強に意味なんてない! オレは今から、ノマドワーカーになる!」
「待てウマ! ノマドって言いたいだけの若いサラリーマンみたいウマ!」
「ウフフ、これは……“自意識だけ爆上がりモード”ネ。頭良くなってナイけど、自信ダケは満点デース!」
「ジョニー兄さん、これ、ダメじゃん!」
タケルはタブレット片手にスタンディングポーズでひとり語りだした。
「さぁ、俺の書斎へようこそ。今日のライフテーマは“分数とミニマリズム”……」
「うわぁ……やばいウマ……」
「……これ、私のセクシー教師のほうがまだマシだったわね」
そのとき、ラボの自動ドアが開く音が響く。
「……随分と賑やかですね」
現れたのは、夏雄だった。
書類の束を脇に抱え、大学帰りのようなスマートな格好だ。
「夏雄ぉぉ〜!」
タケルが涙目で夏雄に抱きついく。
「お願いだ、俺に算数を教えてくれぇぇ……もうだめだ……!」
「わかりました。タケルさんのためなら、東大現役合格まで僕がサポートします!」
タケルを引き剥がしながら、夏雄は算数ドリルを手に取ると、ホワイトボードの前に立つ。
「いいですか、算数というのは論理と思考の訓練です。まずは複素数平面を使って、実数の関係性を可視化してみましょう」
「ちょ、ちょっと待て、夏雄! その“ふくそすう”って何!? “へいめん”って……これ算数?」
「では、次は行列式を使って……」
夏雄は、タケルをおいて自分のペースで進めていく。
「無理ウマ! この人、桁が違うウマ!」
かくして!
迎えた追試当日。
タケルは謎の自信に満ちた顔で学校へ向かっていった。
数時間後。
ラボに戻ってきたタケルは、採点された答案用紙を掲げて見せびらかす。
「ひゃ、ひゃくてん……?」
ユレルが言葉を失った。
「パーフェクトウマ……これは夢ウマ……?」
夏雄も目を細めて答案をのぞき込む。
「解き方も正しい……まさか、僕の指導で覚醒したのでしょうか?」
「へっへーん、オレってやればできるタイプなんだよな!」
調子に乗るタケルに、竹丸が首をかしげながら尋ねた。
「でもタケル。昨日の夜中まで『小数って何だ?』って言ってたウマよね?」
すると、ラボにある金色の台座が音を立てた。
そこに鎮座するのは、タケルの愛機――天馬雷鳴号。
「それについては、私が説明しよう」
低く、落ち着いた声がラボに響いた。
「本日、追試時間中、私はラボよりタケルの耳に装着されたインカムを通じて、全問題の解答を遠隔で提供した。いわゆる“リアルタイム支援”である」
「それ……カンニングじゃない!?」
ユレルが椅子を蹴り出して立ち上がった。
「通信機器を使って外部から答え聞いてたって、完全にアウトよ! 反則よ、退場よ、タケル!」
「違うって! 勉強も、竹馬バトルも、オレのパートナーは天馬だ!」
「意味わかんないウマ!」
「つまり、天馬がオレの脳なんだよ! カンニングじゃない! 共同戦線!」
「いや、天馬雷鳴号が答え全部教えてるのはどう考えても……」
そのとき、夏雄が腕を組んで口を開いた。
「……こういうスタイルもある意味、学習支援の形かもしれません」
「えええぇ……?」
「多様性です、ユレルさん。現代教育は柔軟であるべきです」
「無理矢理すぎるウマ……」
ユレルは呆れて天を仰ぎ、竹丸は頭を抱えた。
だが当のタケルは誇らしげに答案用紙を掲げながら言った。
「さーて、これで第五試合も出られるってわけだ! 天馬! 頑張ろうぜ!」
「了解した、タケル。我々はパートナーなのだから」
ラボには微妙な空気が流れていた。




