第二話 小刻兄妹
宇宙に届くかのようにそびえる、竹都スカイタワー。
大気圏ギリギリ、雲のさらに上に突き出した超高層ビルの二階に、小刻一族のラボはあった。
扉が風を切る音を立てて開き、タケルと天馬雷鳴号が入ってくる。
バトルで傷ついた機体は、ところどころ表面の竹が焦げ、細部に微細なヒビが走っていた。
「天馬、修復ポットに入って」
ユレルが天馬雷鳴号に優しく声をかける。
「了解。自己修復プログラム、開始します」
天馬雷鳴号は自動歩行し、ラボ中央に設置された透明な修復ポッドに収まる。
カプセルが閉じると、淡い青色の溶液が竹馬を包んだ。
溶液は修復ナノロボットで満たされていて、竹の有機物と機械部分の無機物を同時に癒していく。
タケルはラボの片隅に腰を下ろし、うつむいていた。
白衣姿のユレルが静かに近づく。
「神技……また発動できなかったね」
ユレルの声は責めるのではなく、どこか同情の色を帯びていた。
「……わかってる」
タケルは俯いたまま、かすれた声で答えた。
「でも、あなたの竹力は本物だと思う。数値的にも歴代でもトップクラスよ。平均の7.3倍。それでも神技を出せないってことは、何か大事なものがまだ噛み合ってないのかもしれない」
「何が足りないんだ……」
タケルは窓に視線を向ける。超高層タワーだが、ここは二階。普通の街並みしか見えない。高層階は見晴らしがいいが、その分だけ家賃も高い。
「兄さんは、どうしてあんなに簡単に神技を使えたんだろうな」
「簡単だったとは思わないわ。でも、タケヤスさんは信じてた。自分を、竹馬を、そして……何かを」
「何かってなんなんだ……っ」
ふいにラボの奥の暗がりからコツ、コツと足音が響く。
「だれ……?」
ユレルが眉をひそめた瞬間、ラボの空間に音もなく影が差した。
「タケルクン、ナンデ、そんなに顔が、ドヨーンとしてるノカ?」
ラボに陽気な声が響いた。
白衣を翻して現れたのは、金髪に碧眼、無精髭の男――ジョニー・コキザミ。
ユレルの実兄にして、天馬雷鳴号の開発者だ。
「ジョニー! ウマウマ!」
竹丸がジョニーの肩に飛び乗る。
「オレハ、君ノ、そのヘコんだ顔、好きジャナイ。もっと、ドガーン!て、胸張って立てヨ!」
タケルが困惑していると、ジョニーは彼の肩をバンバンと力強く叩いた。
「神技ってのはネ、タノシムもんナノダヨ。神サマってのは、つまんないヤツにチカラ、貸してくれナイ」
「……楽しむ?」
「ソウ! タケウマに乗って、カゼ切って、バトルして! その一瞬に命をかけテルって、神サマが感じたトキ……神技、降ってクル!」
ジョニーの言葉に、タケルは目を丸くした。
「そんなことで……」
「そんナコとじゃ、ナイ。神サマは理屈より、ノリと魂!」
ユレルが横から苦笑交じりに割って入った。
「もうジョニー兄さん、感覚だけで片づけるのはやめて。今、神技発動時の竹力波形の解析を進めてるの。あと30%で何か掴めるはず」
「ンー、ソレ、マジメすぎ。オレ、ナットク、できない!」
ジョニーは頭をかきながら叫ぶ。
ユレルがため息をつきながらも頷いた。
「でも、神様を楽しませるって考え方は……兄さんらしいかもね」
タケルはラボの窓越しに夜空を見上げた。
「楽しむ……神技って、そんなもんかもしれないな」
タケルの目に少しだけ光が戻っていた。
ピピッ……
ラボに設置された通信モニターが突如として点灯し、大会本部からの入電を知らせる。
『本戦第一試合の対戦カードをお知らせします』
無機質な音声が響く。
ユレルがタブレットを操作して確認する。
「タケル……あなたの相手、決まったわ」
「誰だ?」とタケルが身を乗り出す。ジョニーも「ホォー!」と興味津々で画面を覗き込む。
「冬野夏雄。北海道出身、沖縄育ち……やだ、すごい美少年!」
「顔は関係ないウマ! 破廉恥ウマ!」
「そ、そんなんじゃないわ!」
「ウソはだめウマ。ユレル、揺れてるウマ!」
ユレルと竹丸のやり取りを無視して、修復ポッドの中の天馬雷鳴号が静かに反応した。
「記録に照らし合わせます。冬野夏雄……通称、極熱氷麗。右の竹馬にて水を、左の竹馬にて火を操る異能の使い手です」
天馬雷鳴号の解説に、目を見開くタケル。
「火と水!? それって竹馬の範疇を超えてるじゃないか!」
「彼は自然の力との共鳴率が異常に高く、バトル中に天候を変化させた記録も存在する」
「ナツオ……キケンナ男ダ。火と水……相反する力を、一つの美にマトメる……ソレハ……タダ者ジャない!」
ジョニーが唸るように言った。
タケルは手をぎゅっと握りしめる。
「どんなヤツが来ようと、やるだけだ! 俺と天馬で正面からぶつかる!」
画面の向こうで、少年のような優しい笑顔と氷のような眼差しを持つ夏雄の姿が、ゆらりと揺れた。