第十二話 野生児ゼン
天に向かってそびえ立つ巨木、絡み合うツタ、どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声。
第三試合のフィールドに足を踏み入れたタケルは、思わず息を呑んだ。
「……まるで本物の森だな」
「注意しろ、タケル。今回はフィールド全体が敵になりかねない」
天馬雷鳴号の声が森林に響く。
タケルの目の前に、大士ゼンが現れた。
足元は裸足、腰には動物の毛皮、上半身はほとんど裸で、長い髪を後ろで束ねている。
まさに原始人そのものだった。
「オイラ、大士ゼン! よろしくだぜ!」
ゼンは屈託のない笑顔で手を振る。
「俺は竹重タケル! 全力でいくぞ!」
タケルも負けじと拳を握りしめ、応えた。
ブオオオオオオオオ――!
法螺貝が鳴り響き、試合開始が告げられた。
「行くぜえええええ!」
ゼンが勢いよく竹馬を蹴り出す。
信じられない速さ。まるで森の中を跳ねる獣のように、木々を足場に縦横無尽に駆け巡る。
「速い!」
タケルが防御態勢を取る間もなく、ゼンが巨木の幹を蹴って宙を舞い、真上から突撃してきた。
「うおおっ!」
タケルはギリギリでバランスを崩しながらも後方へ跳んでかわす。
しかし、ゼンの竹馬が着地した瞬間、地面がズシンと揺れた。
「なんて重い一撃なんだ!」
「警告。ゼンは現在、神技を使用していない。すべて純粋な身体能力と竹力によるものだ」
冷静な天馬雷鳴号の声がタケルの耳に届く。
「ウソだろ。神技ナシでこの威力?」
ゼンは再び跳躍する。
巨大な屋久杉を軽やかに蹴り、あっという間に高所へと移動していく。その姿はまさに森の申し子。
「オイラ、神技なんて使わねえ! オイラはオイラの竹馬だけで戦う!」
樹上からゼンが叫ぶ。その瞳には迷いのない自信が宿っていた。
「くっ……!」
タケルは構え直す。
天馬雷鳴号も冷静にアドバイスを続ける。
「敵は空中からの一撃を狙っている。地形を利用し、反撃のタイミングを見極めろ」
「わかってる……でも、タイミングが!」
その瞬間、再びゼンが頭上から落ちてきた。巨大な屋久杉の竹馬が振り下ろされる。
「うわああっ!」
地面がえぐれる。
タケルは間一髪で回避したものの、衝撃波でよろめく。
「ハハハ! オイラ、まだまだいけるぜ!」
ゼンの野生の笑顔が空に輝いていた。
「そりゃああああっ!」
ゼンの掛け声とともに、巨大な屋久杉の竹馬が再び唸りを上げた。
樹々を足場に高速で横移動を繰り返しながら、ゼンはタケルへ次々と強烈な一撃を浴びせてくる。
「ぐっ!」
タケルの脇腹にゼンの竹馬の蹄がかすめる。ほんの一撃のはずなのに、鋭い痛みが走る。
すでにタケルの身体には、あちこちに紫色の打撲痕が浮かび上がっていた。
「タケル、大丈夫か!?」
天馬雷鳴号の叫びが響く。
「な、なんとか……」
息を切らしながらもタケルは答える。だが、その表情は苦悶に歪んでいた。
ゼンの攻撃は一発一発が重く、避けきれなくなってきている。
「今までこんなに傷ついたタケルを見たことない……何が起こっているの?」
ユレルの隣に座る夏雄が落ち着いた声でその疑問に答える。夏雄は冷静に状況を分析していたのだ。
「君が感じていることは正しいです、ユレルさん。ゼンの攻撃は神技ではないので異様にダメージが大きい」
「どういうこと?」
「八百万の神々は殺生を嫌います」
「殺生を……嫌う?」
「そう。だから神技は見た目は派手でも実際のダメージは抑制されています」
ユレルがハッと息を呑む。
「でも……ゼンの攻撃は……」
「そう、ゼンは神技を一切使わず、ただの物理攻撃で戦っている。神々の補正が入ってない純粋な身体能力のパワー。そのままの威力がタケルさんの身体に突き刺さっている……」
「そ、そんな……」
ユレルが唇を噛みしめる。
一方、フィールドではなおもゼンの猛攻が続いていた。
竹馬の長い脚を使って枝から枝へと移動しながら、正確無比にタケルへ攻撃を加えていく。
「避けんじゃねえぞー!」
ゼンが楽しげに叫ぶ。
その動きは獣のように野性味溢れていて、どこか無邪気でもあった。
タケルは必死に天馬雷鳴号でバランスを取りながら攻撃を避ける。
だが、時折かすめる一撃が確実に身体を削っていく。
「タケル、骨折の危険性が高まっている」
天馬雷鳴号が警告を発する。
「まだだ……俺は、まだ負けない!」
必死に闘志を奮い立たせるタケル。だが、ゼンはその隙も逃さず飛び込んでくる。
「次で決めるぜえええ!」
ゼンは竹馬を逆さに振り上げ、空中で回転しながら一直線にタケルへ迫ってきた。
「回避不能コース、直撃まで3秒!」
「うおおおおおおっ!」
タケルは全力で右足を蹴り出し、辛うじてその軌道を外れる。
竹馬の蹄はタケルの左肩をかすめ、空を裂く轟音と共に巨木を貫いた。
「オイラ、ほんとに楽しいぜ!」
ゼンの野生の笑顔が光る。
その姿は、純粋な闘争を楽しむ戦士だった。
「タケル……!」
ユレルの声が震える。
「落ち着いて、ユレルさん」
夏雄は静かに続けた。
「タケルさんは、神技を使えるバトラー。今は苦しいですが、ゼンは神の歓声を使わない分、タケルさんが神技を発動できれば一気に流れを変えられるはず」
「で、でも……!」
「大丈夫。タケルさんなら、神様たちに“楽しい”を届けられます!」
夏雄の声は、どこまでも優しく、確信に満ちていた。
ジャングルの中、タケルは肩で息をしながら、ゼンの次の動きを見据えていた。