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アポリアの彼方外伝 ジェイド・ルミナール ― 陰を歩むもの ―

挿絵(By みてみん)


 夜明け前、ノアフリガ自由連邦の廃工場跡地。ひび割れたコンクリートの床に、影が蠢いていた。灯りはない。ただ、静寂だけが空間を支配していた。


 ジェイド・ルミナールは、その沈黙の中心に立っていた。銀色の瞳が闇を見据え、漆黒のローブが冷たい風に揺れている。


 彼の手には、実体化した闇――影刀が握られていた。これは彼の意志と魔力によって形成された短剣。形なき影が刃となり、思念に応じて形を変える。


 テーブルの上には、魂の欠片、記憶の結晶、呪詛の札。名もなく、価値だけがあるものたち。


「秩序も混沌も、結局はただの欲望さ」


 ジェイドは誰に語るでもなく、影に向けて呟いた。


 ここは影の市。


 名前はいらない。必要なのは、欲望と、それを貫く覚悟だけだ。


* * *


 その夜、ジェイドの視界に、一人の女が現れた。赤い外套、巧妙に整えられた微笑。その奥にあるのは、隠された探る目。


 ミスティ・ルナバード。情報局の密偵。


 ジェイドは彼女の名も過去も知っていた。影はすべてを映す。


「情報を買いたいの」


 ミスティは声を潜め、テーブル越しに囁いた。


「アポリアの書を持つ少年。秋月ユウトの所在を」


 ジェイドの目が細くなる。


「アポリアの書……存在そのものを書き換える力だ。君は、それを理解しているのか?」


「ええ」


 ――嘘だった。


 ジェイドにはわかった。声の響きが違う。本心と音が食い違っていた。


「……君の声は少し曇っている」


 ミスティがわずかに身じろぎした。その違和感を、普通なら誰も気づかない。だが、ジェイドには通じない。


「君の命は短い。寄生虫に代価を払った結果だろう。母を救うために」


 沈黙が流れる。


「……あなた、何者なの?」


「影の商人さ。ただし、俺は売る情報を選ぶ。弱者を潰す情報は渡さない」


* * *


 ジェイドは懐から一つの結晶を取り出す。


 それはユウトに関する“記憶の断片”だった。だが、それは簡単には渡さない。


「代金は金じゃない。君の『本当の願い』を聞かせてもらおう」


「願い……?」


「母を助けた理由。君が何を贖いたかったのか」


 ミスティは沈黙する。やがて、声を振り絞るように話し始めた。


「……私が救いたかったのは、母じゃない。自分だった。彼女を助けることで……私の罪が、赦される気がしたの」


 声は震えていた。


「私は、逃げたの。母が苦しんでいるとき、何もできなかった。怖くて……見て見ぬふりをした。それでも母は私を責めなかった。だからこそ、私は自分を赦せなかった」


 ジェイドは静かに頷いた。


「その声には、嘘がない。ならば情報を渡そう」


* * *


 交渉が終わり、ミスティが背を向けた瞬間、天井に魔法陣が浮かび上がる。


 情報局の部隊――ミスティの背後には、罠が張られていた。


「貴様……!」


 影が爆ぜた。


 ジェイドは影刀を地面に突き立てた。その瞬間、空間全体が暗黒に包まれる。


 光が奪われ、魔法陣が霧散する。


 彼の影刀には、“影を操作する”だけでなく、“魔術構造を内部から侵食・崩壊させる”能力がある。魔法陣が破られた瞬間、空間の秩序そのものが失われ、結界の縛りすら意味を失った。


 視覚、聴覚、方向感覚さえ奪われた空間の中で、制圧部隊はパニックを起こした。何が起きたのかも分からず、恐怖に突き動かされるように逃げ惑ったのだった。


「光を求める者ほど、闇を知らない」


 その声は静かに響く。


「影を歩む者だけが、真実を見つけられる」


 部隊が混乱して離脱していく中、ジェイドはミスティの腕を取り、彼女を影の外へと導いた。


 彼が助けた理由はただ一つ――彼女が、心の底から罪を悔い、赦しを求めていたからだ。


 ミスティの情報屋としての側面ではなく、「母を救おうとし、自分の罪を贖おうとした者」としての声に、ジェイドの影が共鳴したのだった。


「君の罪は、誰かに告げる必要はない。だが、自分で赦すことはできる」


 その言葉に、ミスティの瞳がわずかに潤んだ。


* * *


 工場の屋上。夜明け前の風が吹き抜ける。


 ジェイドは一冊の本を開く。《アポリアの書》。


 その頁に記された名――秋月ユウト。


「おもしろい代物だ。だが、どんな知識も、それを手にした者の覚悟次第だ」


 彼は本を閉じる。


 その目はすでに次の影を捉えていた。


 ――影の中で、真実だけが静かに息をしている。



【ジェイド・ルミナール プロフィール】


挿絵(By みてみん)

名前:ジェイド・ルミナール

年齢:27歳

職業:情報屋(影の商人)

出身:ノアフリガ自由連邦

特徴:中性的な顔立ち、銀色の瞳、漆黒のローブを常にまとう

武器:影刀(MPを用いて影を実体化させる短剣)


信条:「秩序も混沌も、結局は人間の欲望に過ぎない」

世界に正義も悪も存在しないと考え、あらゆる情報を中立に売買するが、独自の倫理観を持つ。極端に弱い立場の者を傷つける情報は売らず、見えないところで助けることも。


過去:幼少期に両親を裏切られ、失った経験を持つ。その記憶の真相を追い求め、影に宿る“記憶の断片”を集めている。


現在:アポリアの書を所持する秋月ユウトに興味を抱き、直接干渉せず「影の観察者」として密かに見守っている。



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