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聴取の準備

 慣れない都会で人に酔いそうだった。誰も口を利かない息の詰まる車内にも酔いそうだった。望月は車外に打開策を探して――見つけた。

「あのっ、停められますか? すみません!」

「え、どうされました?」運転手を務める神奈川県警の長谷部は、意識だけ向けて尋ねる。

「今の人、彼!」

「見てませんでした、何です?」

「望月、何を見た。ちゃんと話せ」大城の低い声で指摘されてようやく自分の言葉を反芻した。幼い子どものような発言を恥じて、浮いた腰を助手席に戻しながら説明しなおした。

「たった今通りすぎたあのカフェから出てきたの、被害者のお兄さんです」

「夏休みが始まりだしてるのでその年代の人数多いんですけど、よくわかりましたね」

「特徴的な眼鏡をかけてるんです。それで、お兄さん。直前、何か渡してました」

「誰に?」

「店内の真ん中あたりに座っていた子です。私服なので何処の学校の生徒なのかまではわかりませんが、少なくとも被害者と同年代だと思います」

「関係者か?」

「わかりません。しかし、いつも班長から言われてます。気になること放置すんなよ、と……!」

 後部座席の大城をバックミラー越しに見つめた。少しでも日和っていると思われたら静岡に送り返されない。決して視線を動かさないよう、ずっと頭で呪詛のように命令を唱え続けた。時代錯誤とも受け取れそうな頑固さに対抗するには、望月はこちらも頑固さを見せつけるしか方法を知らない。

「高校の場所、わかるな?」

「はいっ!」

「迷子なるなよ」

「っ、はい! ありがとうございます」

 なんとなく察した長谷部は「次の信号、すぐそこです」とだけ言った。

 その言葉どおり望月を降ろして、青信号を合図に車両は再び走り出した。

「良いんですか? 修桜高校、ここから結構キョリありますけど」

「走ってくるんだろーよ」

「はははっ、昭和ですか」

 車内に沈黙が戻る。

 不意に「ご不満そうですよね」長谷部がつぶやいた。バックミラー越しに一瞥されたのは気づいていた。大城は「元からです」とだけ言う。

「被害者の子、十六歳ですよ」

「……運転手役はさぞかしご不満でしょうね」

「とんでもない。事件待ちで暇していたところだったので」

「話し相手は関係者だけで十分でしょう?」

「他の県警と関わる機会、案外無いんですよ」

「望月を降ろしてからたぁ、さすがにあからさまです」

「震えてたので。可哀そうだと思ったんです。自分、人の親ですから」

「しょんないですな……。二十二と十九ですよ」

「やっぱり。ご不満の源はそこですよね。娘さんですか」

「いや、どっちも野郎です。そちらは」

「十五歳の男、十三歳の乙女です」

「それはまた難しい年頃で」

「後学に教えて欲しいですね、いろいろと」

「妻に任せきりだもんで。すみませんね」

「じゃあ、刑事視点なら良いですか」

「答えられますかね」

「……。被害者やその関係者に家族が重なるのって、もう避けようないんですか?」

「この年になっても無理だな、俺は」

「ははっ、そうきますか」

「特に同い年だと、な。長谷部さんの場合は、兄と妹ってのもクるだろう?」

「ええ。キますね。だから対処法聞いたんですけど」

「無い」

 大城が即答すると長谷部の笑いが車内に響く。あまりにもはっきり逃げ道は無いと断言されればどうしようもない。むしろ悩むことそのものが面白可笑しくなってくる。

 望月が合流したのは、担任教師に話を聞き終えた後だった。とはいえ、白河六花は部活動には未所属、学級内でも積極的に活動するほうでは無かった。加えて、担任は一学期のみでは生徒像を掴み切れていなかったらしい……誰にでも明るく平等に接する。試験勉強に真面目に取り組む……耳障りは良いが、なんとも当たり障りのない内容だった。

「すみません、遅くなりました」

「おう。お疲れさん」

「担任に話を聞き終わったところです。生徒さん、というか一緒に旅行してた子たちはこれからです。望月さんのほうは話、聞けましたか?」

「え……あっ、はい。被害者のお兄さんのほうはもう姿見えなかったんですけど、何か受け取っていた子はまだ店内にいたので」

「要点まとめろ」

「えっと、要点ないです」

「あ?」

「初めて会う人だから知らないそうです。受け取ったのは、なんか、歴史の年号推定のコツみたいなのをまとめた紙でした」

「初対面で渡すようなものか?」

「そもそも何なら初対面で渡す必要があるか想像つきませんが……問題の答えでは無くて、考えかたがまとめられてて、わかりやすかったです」

「それで。何年生だった?」大城が尋ねる。

「はい?」

「同年代に見えたが、私服だったからどこの学校かわからないんだろう?」

「あ……」

「顔はわかる。探せるから気にするな」

「……はい」

「おい」

「帰りません!」

「だったら切り替えろ。名前順で行く。久藤帆恭からだ」

「はいっ、翌朝まで父親が来るの待ってた子です。髙橋さんから聞きました」

「いつ?」

「さきほど、電話で」

「あいつ……」

「ひとまず移動しましょうか。三階だそうですよ、教室」

「ここじゃないんですか、聴取」

「学生相手だ。圧を掛けない配慮だ」

「圧を……」

 望月の呟きに構わず、捜査陣一行は高校一年一組教室へ移動した。

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