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考察と確認

 コーヒーも勧められたナポリタンも絶品だった。由弦は飲食の勘定を済ませると目が眩むような店内から足早にホテルへ向かい、チェックインした。機械を用いたチェックイン作業にてカードキーの枚数を選択するとき、由弦は二枚を選択する。エレベーターを経由して宿泊部屋の前に到着するまでに二か所の防犯カメラを見つけ、半球の位置をそれぞれ頭に叩き込んだ。

 ルームキーに二つのうち片方のカードを翳そうとして、やめた。思いたち、財布を開く……学生証、保険証、マイナンバーカード、クレジットカード、自宅近くの図書館のカード、スーパーマーケットのポイントカード、紙幣、硬貨……すべてルームキーに翳したが、いずれも無反応だった。眼鏡や筆記用具も同様だ。他のあらゆる物品での代替は望めないらしい。

 廊下の直線状に他の部屋の宿泊者の姿を認め、由弦は割り当てられたカードキーを翳す――短い電子音とともに扉は開いた。体を翻すように室内へ逃げ込んだ。

 廊下での奇行を反省しつつ室内を見渡す。

 右手にクローゼットの扉と鏡、左手にはシャワールームとお手洗い、その先には居室があり、さらに奥には小さな座敷がある。

 中学生のころ緑茶が好きなことに気づいて以降、六花は炭酸の次には緑茶を好んで飲んでいた。間食に和菓子を選んでおいしそうに食べていた姿を思い出した。しばらく自力で再現しようと奮闘していたが、やがて買ったほうが楽かつ美味だと真理にたどりついていた。

 由弦はトートバッグをベットの上に放ると、ふたたび部屋を出る。直前、手に持っていたカードキーを出入り口の扉のそばにあるソケットに差し込んで冷房を起動させた。

 廊下の何とも言えない暖かさを気にせずスマートフォンのロック画面を確認してから歩き出した。エレベーターホールを通り過ぎて案内に従い自販機を目指し、到着すると再びロック画面を確認。再び宿泊部屋の前に戻って足を止めてからロック画面を確認した。

 続いて、エントランス、大浴場、ラウンジスペースなど、部屋から防犯カメラやそれぞれの施設との距離と往復の所要時間を確認した。メモ帳アプリに記録を完了すると、廊下の先に非常口のランプが点いていると気がついた。歩み寄り、そっと握り手に力をこめると――重い金属音とともに扉は開いた。

 生温い風が吹いた。半身を出して確認すると、踊り場の上下には階段続いている。非常口の外側には握り手が無い。由弦はロック画面で時間を確認して扉の下部にハンカチを挟むと階段を降りた。材質はわからなかったが、想像以上に足音は静かだった。一階に到着して、再び扉を押し開けながら時間を確認する。また、この扉も同様に外側には握り手が無かった。由弦は階段を駆け上って宿泊部屋へ戻り、トートバッグをひっくり返した。時間を気にしながら着替えに持ってきていたティーシャツ片手に部屋を出て非常階段を駆け下りる。ティーシャツを扉に噛ませて、海へ向かって走った。

 献花台。

 肩で息をしながらロック画面を確認する。なぜか笑いが込み上げてきて、その場にしゃがみこんだ。急いでも十分ていどは必要だった。往復なら二十分弱。由弦は、両手を組んで額を押しつけた。

 海岸はこの調子で走れば一分もかからない距離にあるが、行く気にはなれなかった。所持品を回収しながら非常階段で宿泊部屋に戻った。

 座敷の奥にあるカーテンを開けると、すでに日は傾き始めていた。夕映えが一本の道筋を茜色に染め上げる。長閑な風景の中、ぽっかりと開けた空間は茜色。

 窓ガラスにそっと触れる。鋭い日差しとうるさい冷房を中和して、ほんのり温かい。

 母親の腕に抱かれた妹を見上げていた。父親に手を伸ばされ両手を差しだし、抱き上げてもらう。見上げると父親は片眉と口角を上げ、見つめると母親は優しく微笑んだ。見下ろしながら、片手で父の服を掴み、もう一方の手を――思考を、着信音が遮った。

 ポケットから携帯を取り出して確認すると、数日前に受け取った名刺に記された番号からだった。「はい、白河です」簡潔に名乗った。

 向こうも名乗る。本人かどうか確認が完了すると彼女は、言った。

「白河六花さんが当日所持していたと思われるリュックサックが発見されました。彼女のものか、確認していただけますか?」

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