時系列と考察
大城、望月両名から聴取内容が捜査本部に共有された。
「やっぱり非常階段イイ線行ってたじゃないですか」
「その代わり、ルームキーがボトルネックのままだ」
髙橋の主張を鷲見が断つ。
聴取内容もとに本来の計画を再現すると……
旅程・一日目
終業式
横浜駅集合 十二時三十分
新横浜駅発 十二時四十二分
熱海駅着 十三時四十二分
昼食
ホテルチェックイン 十五時
起雲閣/トリックアート迷路館 ~十七時
合流 十七時三十分
夕食
ホテル到着
就寝
旅程・二日目
ホテル出発 九時三十分
親水公園ムーンテラス
熱海サンビーチ 九時四十五分~十四時
カフェ 十四時三十分
ホテル到着/自由時間
夕食 十八時
就寝
旅程・三日目
ホテルチェックアウト 十一時
来宮神社 十一時三十分
熱海駅 十四時三十分
新横浜駅/解散 十五時十五分
……このようになる。
ホテル側の記録や聴取内容を踏まえた実際のそれぞれの行動は……
一日目
横浜駅集合 十二時二十四分
横浜駅―新横浜場駅 十二時三十五分―十二時四十八分
新横浜駅発―熱海駅着JR新幹線こだま号 十三時十五分―十三時四十二分
コインロッカー 十三時四十九分
昼食
コインロッカー 十五時十二分
ホテルチェックイン 十五時二十三分
エントランス防犯カメラ 十五時二十四分
女子部屋解錠(外:Ⅰ)十五時二十七分 /施錠十五時二十八分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)十五時二十七分 /施錠十五時二十八分
男子部屋ソケットにカードをセット(Ⅴ) 十五時二十八分
女子部屋解錠(内) 十五時三十分 /施錠十五時三十分
エレベーターホール防犯カメラ 十五時三十二分
男子部屋解錠(内) 十五時三十二分 /施錠十五時三十四分
エレベーターホール防犯カメラ 十五時三十五分
エントランス防犯カメラ 十五時三十七分
起雲閣/迷路館 十五時五十一分/十五時四十七分
退館 十七時(十六時五十四分/十六時五十二分)
合流/夕食
エントランス防犯カメラ 十九時二十四分
エレベーターホール防犯カメラ 十九時三十五分
女子部屋解錠(外:Ⅱ)十九時五十六分 /施錠十九時五十六分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)十九時五十六分 /施錠十九時五十六分
女子部屋ソケットにカードをセット(Ⅲ) 十九時五十九分
女子部屋解錠(内) 二十時八分 /施錠二十時八分
エレベーターホール防犯カメラ(女子三人) 二十時二十分
男子部屋解錠(内) 二十時十七分 /施錠二十時十七分
エレベーターホール防犯カメラ(男子三人)二十時十九分
エレベーターホール防犯カメラ(男子三人)二十時四十六分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)二十時四十七分 /施錠二十時四十七分
エレベーターホール防犯カメラ(女子三人)二十時五十六分
女子部屋解錠(外:Ⅱ)二十時五十八分 /施錠二十時五十九分
就寝
二日目
女子部屋解錠(内) 九時二十三分 /施錠九時二十三分
男子部屋解錠(内) 九時二十三分 /施錠九時二十三分
エレベーターホール防犯カメラ 九時二十五分
エントランス防犯カメラ 九時二十七分
ムーンテラス
熱海サンビーチ(レジャーシート、パラソルの貸出あり)
カフェ 十四時二十八分―十六時二分
エントランス防犯カメラ 十六時二十六分
エレベーターホール防犯カメラ 十六時二十八分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)十六時三十分 /施錠十六時三十分
女子部屋解錠(外:Ⅰ)十六時三十分 /施錠十六時三十一分
男子部屋解錠(内) 十六時三十五分 /施錠十六時三十五分
女子部屋解錠(内) 十六時三十七分 /施錠十六時三十八分
エレベーターホール防犯カメラ(白河、久藤)十六時三十九分
エントランス防犯カメラ(白河、久藤) 十六時四十一分
熱海プリン購入/散策(白河、久藤)
エントランス防犯カメラ(白河、久藤) 十七時三十四分
エレベーターホール防犯カメラ(白河、久藤)十七時三十六分
女子部屋解錠(外:Ⅰ)十七時三十八分 /施錠十七時三十八分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)十七時三十八分 /施錠十七時三十九分
男子部屋解錠(内) 十七時四十八分 /施錠十七時四十八分
エレベーターホール防犯カメラ 十七時五十一分
女子部屋解錠(内) 十七時五十四分 /施錠十七時五十五分
エレベーターホール防犯カメラ 十七時五十六分
レストラン前防犯カメラ 十七時五十七分/十九時二十三分
エレベーターホール防犯カメラ 十九時二十七分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)十九時二十九分 /施錠十九時二十九分
男子部屋解錠(内) 十九時五十九分 /施錠二十時六分
女子部屋解錠(内) 二十時二分 /施錠二十時六分
(白河六花 最終目撃:二十時四十分)
女子部屋解錠(内) 二十時四十三分 /施錠二十時四十五分
エレベーターホール防犯カメラ(白河) 二十時四十五分
エントランス防犯カメラ(白河) 二十時四十七分
(二十一時ころ、現場周辺で女性が声を荒げていた)
(二十時四十五分―二十三時)
女子部屋解錠(内) 二十一時二十九分 /施錠二十一時二十九分
女子部屋解錠(外:Ⅰ)二十一時三十分 /施錠二十一時三十分
女子部屋ソケットからカードを抜く 二十一時三十分
女子部屋解錠(内) 二十一時三十二分 /施錠二十一時三十二分
園田、久藤に電話 二十一時三十二分
エレベーターホール防犯カメラ(古舘) 二十時三十二分
男子部屋解錠(内) 二十一時三十三分 /施錠二十時六分
エレベーターホール防犯カメラ(久藤、園田) 二十時三十四分
ラウンジ前防犯カメラ(久藤、園田) 二十一時三十六分/二十一時五十四分
エレベーターホール防犯カメラ(古舘) 二十一時三十六分
男子部屋解錠(内) 二十一時三十七分 /施錠二十一時三十八分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)二十二時六分 /施錠二十二時八分
男子部屋解錠(内) 二十二時十分 /施錠二十二時十分
グループチャット みんな男子部屋にいる旨(@白河)
エレベーターホール防犯カメラ(久藤、佐々木、園田、古舘、堀本)二十二時十三分
エレベーターホール防犯カメラ(久藤、佐々木、園田、古舘、堀本)二十二時十六分
男子部屋解錠(外:Ⅳ)二十二時十七分 /施錠二十二時十八分
男子部屋解錠(内) 二十二時二十九分 /施錠二十二時二十九分
女子部屋解錠(外:Ⅰ)二十二時三十分 /施錠二十二時三十分
女子部屋解錠(内) 二十二時三十七分 /施錠二十二時三十七分
男子部屋解錠(内) 二十二時三十八分 /施錠二十二時三十九分
男子部屋解錠(内) 二十二時五十九分 /施錠二十三時分
通報 二十三時四分
遺体発見現場到着(久藤、佐々木、園田、古舘、堀本)二十三時十五分
……遺体発見後、五人が現場に姿を現してからは刑事の立会いのもとホテルに待機することになった。
このとき、便宜上カードを判別するために数字を割り振ると、久藤帆恭はⅣ、園田彩結はⅡ、古舘実幸はⅢをそれぞれ所持していた。
「話によると……二十一時二十九分の内側、二十一時三十分の外側、二十一時三十二分の内側、女性陣が宿泊していた部屋において三つすべて園田彩結による解錠だと思われますよねぇ」
「二十一時二十九分に部屋の外へ、忘れ物に気がついて二十一時三十分にカードキーを翳してほぼ同時に部屋の前にいた古舘実幸とすれ違うときカードを渡し、二十一時三十二分にふたたび部屋の外へ。カードの固有チップも、ホテル待機時に確かめたら不審点ありませんもんね」
「そうだな。二十一時三十分の外側からの解錠は園田彩結が所持していたカードによるもの、直前まで女子部屋の空調関連ソケットにセットされていたカードを持っていたのは古舘実幸だ。三枚目は言わずもがな、発見されたとき白河六花が所持していた」
「通報は二十三時四分、最速で現着した警察官は二十三時九分、男子部屋の内側からの解錠は二十三時十五分。被害者の所持品にカードキーを紛れ込ませることは時間的に無理があります」
「となると、やはり被害者が外出時に持って行っていたということか」
「荷物まとめて出て、どこへ行こうとしてたんだ?」
「買い物バッグの感覚だったのではありませんか? 古舘さんの話では、六花さんは貴重品を別にまとめるためのバッグを持ってきていませんでした。近くのコンビニで買ったものを両手だけで運ぶのが大変だと思ったからリュックサックを背負った、とか」
「だったらむしろ中身は置いてくだろ。それに、防犯カメラを見るかぎり、ほかには何も入りそうにないね。両手のほうが荷物を持てる」
「でしたら、絵を描きに行った以外の理由はありますか? 一応、六花さんがよく絵を描いていたのは誰もが知ることだったようですけれど……」
「帰ろうとした」
「それこそ理由がありませんよ! 次の日は来宮にお参りして帰るだけだったんですから。このときに帰ろうとしなくても結局、高校生たちはすぐに帰りました。帰りの新幹線のチケットだって、発見された被害者の財布の中にありました」
「金銭面を考えなければ在来線で帰れた」
「ですから、どうしてそのタイミングで帰るんですか」
「さあね、乙女心には疎いんだ。だが、急に帰りたくなった可能性もある。二十時五十七分、被害者のスマホから自宅の兄へ電話が掛けられてる」
「古舘さんとの確執も初日には解消されてます。園田さんは、そもそもふたりが仲直りできるように動いているんですよ? 六花さんだって居心地悪いのはわかっていて旅行に参加したはずですが、それでも参加することを選びました。心のつかえがとれて二日目を楽しんだ後ならむしろ帰るのが惜しくなります!」
「わかんねえだろ、あの年頃の女子は」
「私にもあの年代はありました」
「こっちと都会じゃモノが違う。どうせ大した根拠ないだろ?」
「あります!」
望月に資料を突き出され、一歩下がってから受けとり改めて目を通す。
「二十一時三十六分に部屋へ戻る古舘さんはジュースのペットボトルを持っていました。二十二時十五分前後に五人で飲み物を買いに行ったときには、久藤くんと堀本くんはそれぞれスポーツ飲料、佐々木くんはカルピス、園田さんは缶コーヒー、そして古舘さんはテトラパックの抹茶オレを持ってます」
髙橋が「そうだな」端的に返す。続いて望月はもう一種類の資料を髙橋に渡した。
遺体発見直後、ホテル側と当事者らの協力のもと撮影された、それぞれの持ち物だった。着替えや海水浴用品は共通している。それでも個性は出ている。
三人とも何らかのゲームを持ってきた男性陣だが、久藤は磁石式チェス盤、佐々木は心理戦形式ボードゲーム、堀本はカード系をふたつ。
女性陣は洋服からバッグまで、スキンケアひとつ取りあげても――上質さが香る黒っぽい容器やシンプルなデザインが目立つ園田、ラグジュアリーや可愛らしさを優先した古舘――何もかも異なっている。
中でも望月が指定したのは、男子部屋のサイドテーブルを撮影したものだった。並ぶ六つの飲み物、古舘のジュースと二十二時代に買いに行った飲み物は、まだ誰も飲み切っていないらしかった。
「抹茶オレ、未開封です」
「……」
「古舘さん、初日に被害者と仲直りして……そのあと、女の子たち自販機で飲み物買ってるんです。古舘さんの話では、彼女がいちごみるく、六花さんが黄緑色のやつ、園田さんが缶コーヒー……黄緑色のやつって抹茶オレのことですよ。女子部屋のごみ箱にもありましたし」
髙橋は女子部屋のごみ箱に、ティッシュや汗拭きシートペットボトルや缶のほかに色違いのテトラパックが捨てられていたことを思い出しながら「それで?」抑えた声で尋ねた。
「二十一時二十五分のアラームで目が覚めてから古舘さんは飲み物を買いに行っています。ペットボトルの。それでも二十二時になってから五人で飲み物を買いに行くとき、抹茶オレを買ってます。未開封となっているのは、このとき彼女が買ったものです」
「だから?」
「六花さんの分だったんですよ。初日に買ってたのを覚えていたから。ちゃんと待ってたんです、帰ってくるの待ってたんですよ……!」
「それを信じられないんだよ。この仕事してるかぎり」
「……」
「もちろんお前の期待どおり、まったく無関係の第三者による犯行である可能性も否めない。事実、彼らのアリバイはホテル側の記録が動かせない現状、崩せていない。それでも、被害者がカードキー持ってなかったら、俺は帰宅に一票だった。いまでもこの可能性を捨ててない。持ったまま返し忘れていた可能性はある」
たった今しがたまで両手を強く握りしめて力説していた望月だったが、ふわと肩の力が抜けた。髙橋の言葉が持つ説得力に納得できてしまえたのが悔しくて唇を噛んだ。
「結局のところ被害者の感情は被害者にしかわからない。ガキみたいな馬鹿な言い争いはそこまでにして別のことに思考回せ」
鷲見の注意を受けて望月も髙橋も返事した。
「それでいうと、男子連中もなかなかの粒ぞろいが揃っていた。類が友を呼んだのかね。もちろん、被害者と同室だった女性陣のほうに注目するのは理解できるが」
大城が話題を引き継ぎつつ上手い具合に路線を変えた。
「たしかに、話を聞く限りそのようですね。堀本理仁の証言にある、若い男ってのがクセモノですが」
「恋人をすこしでも容疑者候補から外すためにあえて嘘をついた。目撃したことにして自分自身を候補から外そうとした。実際に目撃して相手の男は白河六花の恋人である。そして……被害者の兄である白河由弦は男子大学生。こちらも可能性を排除できない。もちろん、偶然知らない男に文句つけられて言い争いになったことも考えられるんでしょうね、関東は」
「偏見だろ、それは」
鷲見は指折り数えていた髙橋の言葉を否定しようとするが、
「神奈川県警さんによると駅前の喧嘩も日常茶飯事だそうです」
「酷いとこは酷いというのは伺いましたね」
望月、大城が擁護して適わなかった。
髙橋は冷笑しながら「いずれにしろ、被害者のスマホのロック突破できればわかることなんですけどね。イマジナリーでなけりゃ」机上にある、被害者のスマートフォンから抽出できた情報がまとめられた資料を指先で軽くはじいた。
「ソフトウェアのアップデートのタイミングが絶妙に悪かったんでしたっけ」
「連絡先を抽出できただけでも僥倖だ。期待していない」
「お? 鷲見さんがそうおっしゃるなら心強いですねぇ」
軽く睨みつけられて「止せ」と言われても髙橋は眦を下げたままだった。
「ところで鷲見さぁん。証拠品も証言も集まりましたよ、ひとまず」
「あいにく推理作家じゃない」
「嫌だなぁ、違和感を伺ってるんです。ストーリーテラーを求めているわけじゃありませんって」
「……関係者の証言には違和感と言えるほどの違和感は無い。ただ、個人的には、ルームキーとその指紋は気になる」
「まあ、指紋を確認するかぎり一人一枚っていうよりは三人三枚って感覚だったんでしょうね。どのカードにもそれぞれ複数人の指紋がたーくさんついてますから。まったく、スマホにアプリ入れてそっち使ってくれてりゃもう少し考えやすかったのに」
「私たちからしたらそうですし便利だとわかっているとしても、二、三日のためにそういう専用のアプリを入れるのが面倒だったり避けたいと思ったりするのは理解できます。Wi-Fiが使えなかったら結構ギガ減りますから月末まで二週間弱もあるのに制限速度かかるか気にするの嫌じゃないですか」
「それは一理どころか千里ある」
「若者にとっては不思議じゃないのか? こういうカード、財布に入れておかないと落ち着かなくならないか?」
その場にいた班員から曖昧な反応を返され、鷲見は潔く同意されるのを諦めた。足で情報を稼ぐため改めて聞きこみの指示を出す。ほとんどの面々が掃けたころ、本部にある一報が入った。海洋調査機器を扱う民間企業へ協力を要請して遺体発見の翌日から何らかの証拠品の捜索を進めていた班員からだ。
「被害者のものと思われるリュックサック、沖で発見されました!」
「回収場所は?」傍らにいた髙橋にホワイトボードマーカでおおよその場所をメモさせて「今どこにある?」質問を続けた。
「船上です、こちらに運んでいます」
「遺族への連絡は」
「まだです。黒のメンズリュックなので特徴は一致します。ただ、気休めになってしまうのは避けたいので、そちらで先に確認してもらえませんか」
「承知した。防犯カメラの映像と比較するから写真を送ってくれ。可能性が高いと判断したとき、こちらから遺族担当へ依頼する」
「ありがとうございます、すぐ送ります」
電話を切ったときには、すでに髙橋がタブレット端末を起動していた。
「この仕事をしているかぎり信じられない――だったか? なかなか厳しいこと言うじゃあないか」
「みーんな望月と同じ思考回路だったらマジで警察いりませんから」
珍しくふたりともそれぞれ寂しい笑みを浮かべた。




