ウルザ・イーヴァルディ
会戦は無事にオルスト王国の勝利で終わった。
グレアート王国軍は壊滅的な打撃を受けて撤退。
切り札であるドラゴンを失い、多大な兵力をも失ったため、外交筋では早くも講和に応じる構えを見せているとか。
奪い取った砦の維持もせずに放棄して撤退していった辺り、本当に余裕がないのだろう。
だがこの戦争の最中、我が魔導院から犠牲者がひとり出たことは忘れてはならない。
行方不明者、一名、マシュー。
マドライン先生や自らの護衛騎士とともにグレアート王国からの刺客を迎撃しに向かった先で、こつ然と姿を消してしまった彼の所在はようとして知れない。
……まったく、本当にどこへ消えたやら。
マシュー失踪の報が私たちの元へ来て以来、アガサは塞ぎ込んでいるし。
ジュリィも真っ青になっていたわね。
トバイフは茫然自失、エドワルドですら動揺していた。
……私は、一体どんな顔をしてその知らせを聞いたんだろうか。
圧倒的な実力を持った学年首席がいなくなった私たち一年生の教室は、どうも今ひとつ活気を持てずにいた。
一応、繰り上がりで私が一年生の首席ということにはなっているけど、誰もがマシューの背中を追いかけていた頃の必死さが消えてしまったのだ。
私ではマシューの代わりにはなれまい。
脳裏には月夜のもと、竜を斬った彼の姿が焼き付いている。
「今日も嫌になる寒さね。雪でも降るんじゃないかしら」
学食でいつもの面々と昼食を摂っているときも、空席がひとつあるだけでポッカリと心に穴が空いたような気分になる。
「暖かいものが美味しい季節になったものね。学食のメニューも季節に合わせて変わるのはありがたいわ」
ジュリィの言う通り、学食のメニューは季節ごとに変わる。
冬のメニューを彼はまだ知らない。
……ああ嫌だ、なんでこんなときまで私はマシューのことを思い出すのか。
意外というか、私の中での彼の存在はそんなにも大きかったのか。
ただの平民にしては七属性をも操り、不思議と人望のある優しげな人柄。
クレイグ教授に鍛えられた戦闘のセンスも、魔術に関する知識も、同年代では誰も敵わなかった。
パンをちぎって口に運ぶアガサの様子は普通に見える。
しかしもともと少なかった口数は一段と減ってしまった。
四侯爵家出身の私たち相手に平民が遠慮のない言葉を交わすのは難しい。
その辺りをわきまえつつ、しかし距離感を感じさせなかったマシューの存在がなくなったことで、アガサはこの5人の中で浮いてしまっている。
食事の席で溜め息をつくわけにはいかない。
嫌でも彼の不在を思い出してしまうから。
「お父様、聞きたいことがあります」
「どうした改まって。言ってご覧なさい」
私は夕食の席で、父にマシューについて訊くことにした。
これまで心の奥底に仕舞ってきた謎について。
「グレアート王国が王城にドラゴンをけしかけてきたことは記憶に新しいかと思いますが……トドメを刺したマシューのことを教えて下さい」
「ッ――!?」
「私、実はあの夜、王城に向かったのです。そして父やクレイグ教授と、そしてドラゴンを自らの剣で斬り裂いたマシューを見ました。マシューはなぜあの場で戦っていたのですか?」
「…………」
父は食事の手を止めて、何事か考えている。
私は父から目を逸らさずに、ただ答えを待っていた。
長い溜め息の後、父はその重い口を開いた。
「ヘルモード家は知っているようだし、決して他言しないというのならウルザにだけは教えてもいいかもしれんな」
「ヘルモード家? ジュリィ・ヘルモードは知っていたのですか、あの夜のことを」
「ヘルモード家がどこまで把握しているかは私も知らないのだが、……マシューの秘密の一端を知っているのは確かだ」
父は食堂から人払いをして、私に「よいか、決して口外してはならない」と念を押す。
「分かりました。誰にも……ジュリィ相手にもとぼけてみせましょう」
「うむ。実はマシュー様は王家の血筋を引いている」
「…………は?」
「今は亡き第三王子エーヴァルト様の遺児なのだ、マシュー様は。実は炎属性も扱えるかられっきとした王族の一員なのだよ」
私は絶句した。
ならばあの魔力量やクレイグ教授が贔屓していることにも納得がいく。
あのジュリィがあからさまにマシューにすり寄っていることにも説明がつく。
いやだけど。
「ならば何故、マシューが王族でありながらドラゴンと戦っていたのです?」
「マシュー様が古代魔法文明時代の文献から、ドラゴンを捕縛するほどの強力な遺失魔術を復活させられたからだ。残念ながらその魔術には厳しい使用条件があり、マシュー様自身でなければ使えなかった。だからドラゴンとの戦いにおいてマシュー様は自ら危険を顧みずに戦われたのだ」
遺失魔術を復活させた?
そういえばかつて読んだ彼の書いた論文も際立っていた。
マシューのギフトは確か、詳しいことは知らないが論文を書くのに役立つものだったと聞いたことがある。
それが古代魔法文明時代に失われた魔術をも復活させるほどのものなら、納得がいく。
「……ではその。行方不明になってしまった理由は彼が王族だったことに関わりがあるのですか?」
「それが分からないのだ。クレイグは何者かがマシューを拉致したと考えているようだが、……王家が密かに周囲を捜索してもそのような痕跡は出てこなかったらしい。マシュー様は本当にこつ然と姿を消してしまわれたのだ」
「そうですか……」
しかしジュリィめ、あの様子ではマシューの第二夫人あたりを狙っていたに違いない。
マシューと仲の良いアガサを取り込んだのも、その辺りの目論見が関係しているのだろう。
それにしても大変な秘密を抱え込んでしまった。
マシューの正体を知ることはできたが、彼の行方の手掛かりすら掴むことはできなかったのは残念だけど……。
本当に、マシューは一体、どこへ行ってしまったのだろう?
次回の更新は翌週1月18日です。