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アガサ

 今日は休日です。

 正確には魔導院は王都を襲撃したドラゴンのせいで、しばらく混乱しているため授業どころではなくなっており強制的に休日になった、というべきでしょうか。


 ひとまず侍女としてジュリィ様の傍で仕事をします。


 それにしてもあの夜は大変でした。

 王都がドラゴンに襲撃されることを予め知らされていたのは、四侯爵家の当主などの王城や政治の中枢に近い者たちか、そうでなければ騎士や魔術師といった竜を討つべく王城に待機している者たちだけでした。

 当然、知らされていなかった貴族たちは知っていた者たち、特に王族に不満を抱いています。

 ただ王族でさえ王城の敷地からは出ずに、ドラゴン討伐のために留まっていたそうですから、不満を表に出す貴族はほとんどいないとのことですが。


 また隣国グレアート王国との戦争が始まったことについては、実感が持てずにいます。

 国境の砦がひとつ落とされたため、騎士系の家系であるこのヘルモード家には影響がありましたが、私自身は外部の侍女見習いでしかないわけで、具体的にどのような影響があったかはよく知りません。

 ジュリィ様が多忙そうにしているのは見てて分かるのですが。


 侍女のひとりがジュリィ様の部屋にやって来ました。

 どうやら学友のトバイフ様が王城に飾られているドラゴンを見に行かないか、とのお誘いのようです。

 ジュリィ様は「ちょうどいい息抜きになるかもね。アガサ、あなたも着替えて一緒に来なさい」と言われたので、侍女見習いの身分は一時的に棚上げしてジュリィ様の学友のひとりになります。


 準備をしてジュリィ様と応接室に行くと、トバイフ様がお待ちでした。

 トバイフ様の護衛騎士のひとりは邪眼族という珍しい種族で、基本的に常に両目を黒い布で覆っています。

 邪眼という見ただけで魔法的な効果を及ぼす眼を持った種族らしく、両目を隠していなければならないとのことですが、黒い布で覆っていても通常の視界は妨げられないというから不思議なことですね。

 その邪眼族の護衛騎士が今日は両目を覆う布を外していました。

 珍しいことです。


「待たせたわね、トバイフ。あらそちらの騎士、今日は目を隠していないのね?」


「大して待っていないから大丈夫だよジュリィ。ドラゴンの見物客が多いみたいでね。人混みになるからガルダの眼を開けておくことにしたんだ。護衛の仕事を万全にこなすためだから、気にしないでくれると嬉しいな」


「そう。まあいいわ。というかあなたひとり?」


「エドワルドはウルザを呼びに行って、そのままマシューのところに寄って、王城の近くで待ち合わせているんだ」


「なるほど。じゃあ行きましょうか?」


「ああ」


 ジュリィ様と私はトバイフ様の侍従と一緒に馬車に乗りました。

 御者はトバイフ様の護衛騎士のひとり、御者台にジュリィ様の侍女を乗せて出発です。

 ジュリィ様の護衛騎士ふたりと例の邪眼族の護衛騎士は徒歩で馬車についてきてくれます。


 このようにイドゥン家の馬車に乗るのは初めてではありません。

 数ヶ月前くらいからたまに遊びに出るときなどは、こうして他家の馬車に同乗させてもらう機会に恵まれているのです。

 四侯爵家の馬車すべてに乗り合わせたことのある平民なんて、私とマシューくらいしかいないのではないでしょうか。


 ……そんなこと気にしているのは私だけかな?


 マシューは気にしていないかもしれません。

 そういう何気ない平民としての話題が積もり積もっていますが、なかなかマシューとふたりでお喋りをする機会がないのがちょっとした悩みです。




 エドワルド様とウルザ様、そしてマシューと合流してからは徒歩で王城に向かいます。

 というのも王城周辺はまるでお祭り騒ぎのようで、多くの民たちがひと目でもドラゴンを見ようと集まってきているのです。


 ……露天も出ているから、本当にお祭りみたい。


 護衛騎士たちが周囲を固めているので、すぐに貴族の子女の一団だと分かるのでしょう。

 平民たちは道を開けますし、騎士たちの鎧についた紋章でどこの家なのか分かるので、貴族たちも道を開けます。

 つまり私たちは誰にも妨げられずに、すんなりとお城の前庭に飾られたドラゴンと対面できたのでした。


 ……お世辞にも飾られた、とは言い難いですが。


 あまりにもリアルな死がそこにはありました。

 見上げるほどに巨大なドラゴンの威容は恐ろしく、ついた傷の多くが激戦を物語っています。

 これで犠牲者がゼロというのは、にわかに信じがたいことですが、どうやらジュリィ様いわく事実のようで。


「オルスト王国の魔術師団は優秀だったということね。それとも宮廷魔術師の活躍もあったのかしら?」


 ジュリィ様がウルザ様に水を向けます。

 しかしウルザ様は何やら険しい視線をドラゴンに向けたまま黙していました。

 ただすぐにジュリィ様と私の視線に気づき、「え、ごめんなさい。聞いていなかったわ」と言いました。


「大したことは言っていないわ。あなたのお父上がご活躍だったのじゃないか、と思って聞いたのだけど。何を真剣に眺めていたの?」


「ええ。お父様は直接、ドラゴンと戦ったそうよ。詳しい話は機密だからと教えてもらえなかったけど」


「あら本当に? ドラゴンと直接、戦ったのならまさしく竜殺しじゃないの」


「どうかしら。魔術師団と合同だったようだし。竜殺しを名乗るつもりはなさそうよ」


「でも国威発揚のために竜殺しを名乗らされるというのも、有り得るのではなくて?」


「……それはお父様は拒否するでしょうね。むしろ魔術師団の手柄にした方が、これからの戦時には有効だと思うけど」


 ジュリィ様とウルザ様はしばらくドラゴン討伐の功労者が誰になるか、について語っていました。

 今後の隣国との戦争のために、王国軍の士気を高めておくためにはどうすればいいのか、という話題です。

 さすがにただの平民の私では入っていけない話題ですね。




 ドラゴンの前に陣取り続けるのも他の見物客の迷惑になるからと、私たちは城から離れて露天を冷やかすことにしました。

 その日は、戦時中というのが嘘のような楽しい休日となりました。


今年は本作『やんごとなき血筋』の連載を開始した年でした。しかし思うようにブックマークが伸びない現在の『小説家になろう』と、フォロワー数がガンガン伸びた『カクヨム』のプラットフォームの違い、読者層の変化などをまざまざと感じ取った一年でもありました。ともあれ私個人でどうにかなることでもないので、粛々と両サイトで小説を更新していくだけですが……。

今年2024年の『やんごとなき血筋』の更新はこれで最後となります。次回の更新は1月3日です。第五章もお楽しみいただければ作者冥利に尽きます。

それでは皆様、良いお年を!!

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