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ウルザ・イーヴァルディ

 オルスト王国が四侯爵家のひとつ、イーヴァルディ家の邸宅。

 その庭でひとりの少女が、侍女を伴い紅茶と焼き菓子を楽しんでいた。

 ウルザ・イーヴァルディ、イーヴァルディ侯爵家のご令嬢である。

 ウルザは魔術の訓練と、魔導院の入試のための勉強をこなしてから、午後のお茶の時間を過ごしているのだ。


「この調子なら魔導院の入試も楽勝ね」


「はい、お嬢様でしたら難なく合格なされるかと」


 ウルザの専属侍女ティシーが頷く。

 ふとティシーが近づいてくる侍女を見つけ、一瞬だけ目を(すが)める。


「何用でしょうか?」


「お茶の時間をお邪魔して申し訳ありません。ウルザお嬢様にお手紙が届いておりましたので、お持ちしました」


「預かります」


「はい。では私はこれで――」


 侍女から手紙を預かったティシーは、封蝋の紋章を見て眉をひそめた。

 アレクシス伯爵家とウルザとは特にやり取りはない。

 しかし差出人を見て納得がいった。


「ウルザお嬢様。マシューから手紙が届いております」


「マシュー? ……どこの家の方だったかしら?」


「領地に戻られる途中で馬車に同乗させた少年を覚えていらっしゃいませんか? クレイグ・アレクシスを訪ねると言っていた少年、マシューという名でした」


「……ああ、あのときの!! 律儀に手紙をくれたのね、マメな男の子は嫌いじゃないわ」


 手紙をティシーから受け取り、封蝋にアレクシス伯爵家の紋章が使われているのを見てウルザは、かの少年が無事にアレクシス家に保護されたのだと察した。

 そして同時に、あの時の襲撃に関しても思いを巡らせる。


 まだ赤子である第二夫人の弟を跡取りとするためにウルザは命を狙われていた。

 第一夫人の娘であるウルザが婿を取り、家督を継ぐことを警戒している勢力がいるのだ。

 その勢力はイーヴァルディ家の内外に存在しているため、ティシーや騎士たちの護衛は欠かせない。

 魔導院に入学できたとしても、ティシーと護衛騎士がついて回ることが想像できるだけに、ウルザは少々の不自由を感じている。

 敵対勢力を父が一掃してくれたら楽なのだが、敵もなかなか尻尾を掴ませてくれない。


 ウルザにとっては、第二夫人と腹違いの弟を排除した方が楽な状況だが、それは()()許されていない。

 イーヴァルディの屋敷から出ない第二夫人がウルザを狙う指揮を取っているとは考えづらく、恐らくは第二夫人の実家が勝手に動いているだろうからだ。

 ともあれウルザがイーヴァルディ家を継いで困る家は他にもある。


 ウルザの母は貴族ではなく豪商の娘だ。

 故に貴族との血縁関係というものをほとんど持っていない母は、後ろ盾としては本来は弱い平民なのだが。

 それでも貴族たちにとってはウルザの母の実家は下手な貴族家より厄介なのである。

 貴族たちがしている借金の債権の多くを、母の実家の商会が握っているからだ。

 ウルザが婿を迎え入れてイーヴァルディ家を掌握したとき、借金を背景にイーヴァルディ家に強くモノが言えなくなる家が割りと多く出てくるのだ。


 ウルザは自分を取り巻く危険な状況をひとまず置いておいて、一時を共に過ごした少年からの手紙に意識をやることにした。

 封蝋を解いて中の便箋を取り出す。

 意外と言ってはなんだが、便箋は質の良いものであり、流れるような文字も平民が書いたとは思えない流麗さを見出すことができた。

 ただ保護されただけでなく、礼儀作法の教育を受けているのだろうか。

 だとすると、マシューという少年はかなりアレクシス家の世話になっているようだ。


 手紙を読んでその予想は当たったと思った。

 時候の挨拶から始まり、自分の現状を知らせつつもウルザが元気にしているかどうかに思いを馳せる手紙は、まさしく貴族として恥ずかしくないものだったから。


「随分といい暮らしをしているようね」


「手紙にはなんと?」


 ウルザは問うてきたティシーに手紙を渡した。

 ティシーは素早く手紙に目を走らせ、ウルザと同じ結論に至った。


「マシュー少年はクレイグ・アレクシスに気に入られたようですね。この分ですと、教育は礼儀作法だけではないでしょう」


「……魔導院の教授から魔術の手ほどきをされているのかしら。羨ましいわ」


 イーヴァルディ家が雇ったウルザの魔術の家庭教師は、当然ながら選りすぐりの実力ある魔術師である。

 しかし魔導院を卒業した者と、魔導院に残り教授にまで上り詰めた者とでは、その差はどう見積もっても「卑怯」なほどに大きい。


「私、首席入学を狙っていたのだけどね……」


 紅茶を口に含む。

 魔導院の入学までの2年間を勉強漬けにする以外に、首席入学への道は険しくなったと思われた。


「良いライバルになりそう。と言っても、まだまだ私の方が上でしょうけど」


 侯爵家令嬢として教育を受けてきた10年の人生に対して、いかに教授の元で学べるとはいえ平民が2年でどこまで自分に肉薄できるか。

 分からない、というのが正直なところだ。


「まあいいわ。手紙の返事を出します。……魔導院でご一緒することになりそうだし」


 ウルザはお茶の時間を悠々と楽しんでから、自室に引き上げた。

 さて返事には何を書こうかしら?

 純朴そうな少年の顔を思い出しながら、ウルザは突然のライバルの登場に気分の高揚を感じ取った。


次の更新は10月8日です。そして10月15日より第一章が始まります。間が空いて申し訳ないですが、しばらくお待ち下さい。

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