【1】
男が席に3人寄せ集まっていた。
1人は4席のうち後方の右側の机に向かって座り椅子に背を預けてすわり、彼を仮に前君とし、
そして1人は右側の前に机に背を向け椅子の背もたれに体をダラっと預けて、手をそのまま床に向かって伸ばし、彼を後君と呼び、
1人は前方の左側に右を向いて背もたれに体を預けていた彼を右君とする。
この右君の席は女子の席なので断りをいれてから座った。
そして本を読んでいる。
前君が言う
「ねぇ、ちょっとした話題なんだけどさ、ラノベって薫陶だと思う?洗脳だと思う?」
後君がー
「二択が間違ってる。薫陶か娯楽かだろ?」
「じゃあラノベにどっちを求める?」
と、前君。
「薫陶か娯楽かぁ。。」
しばし逡巡し、
「俺は娯楽性を求めるなぁ。薫陶だったらラノベじゃなくて新書とかノンフィクションとかが担ってくれんだろ。」
「読むの?新書とかノンフィクション。」
「読まねぇや(笑)」
「じゃ、ダメじゃん。」
「右君はどう思う?」
そう問われ右君は眼鏡をスチャっとする。
「こんな話をしたら身も蓋もないがどちらも求めるべきだと思う。」
「ふむ、その心は?」
「そもそも小説にはどちらも求められているんだ
まず、文学で見てみると分かりやすいが
文学は問題提起、科学は問題解決を担っている。
でも、そもそも小説はつまるところまったくどうでもいい話という娯楽性も併せ持っている。
だから、どちらか片方に偏るんじゃなくてどちらも必要だと思う。
その取捨選択を作者がやるか読者がやるかの話になってくるね。」
後君がー
「そもそも前は何を根拠に洗脳だと思ったんだよ。」
「例えばハーレムものがあったとするじゃん。」
「うん。」
「そのハーレムがいかにおかしくないかとかが説明されていると思うんだ。
だけどそれがなんだか洗脳みたいだなって。」
「ほーん。」
「ただ、娯楽性を求めているのに薫陶が入ってきたりすると今、このタイミングじゃないなってちょっとモヤったりはする。
「でも、そうでもしないと入ってこないからそうするんじゃないのか?」
「やっぱり白黒思考じゃなくてどちらも大切かぁ。それがどちらも大切で織り込んである物語なのかそれとも娯楽性を追求した物語なのか
それともそれを僕らがいろいろ読んでそのどちらも取り入れていくのか。
俺ら学生は金銭面があるからどうしてもその第三の選択肢が取りづらいから話題にしてみたんだけど…」
「虚実皮膜…」
「なにそれ。」
「現実離れし過ぎてもダメだし現実過ぎてもだめ。
その間にある虚構にこそ芸術の美はあるっていう話。」
「なるほど身も蓋もないねぇ…」
「ハーレムも度がすぎると現実離れし過ぎて洗脳されている様に感じちまうってわけか。」
「ハーレムは一応現実にはあるけどな俺ら読者じゃなくイケメンだけどな。
イケメンには起こっているのだから一生縁のない我々読者にもその夢が二次元でも描かれているが現実でも起こるがただしイケメンに限るという注釈付きだろうね。
そんな一生自分には起きないと分かっていてイケメンだけには起こるという不条理を分かった上で読むなんて被虐性癖のない僕には耐え難い苦痛だね。」
「つまり、こんな事我々には起こり得ないけど、イケメンには現実にそれが起こり得るそんな世界が漫画やラノベで表現されていてもそれはイケメンだからで僕たちは、モブなんだと思ってしまった時点で全然楽しくないってことだね。」
「おっぱい。」
「は?」
「おっおっおっおおおおっぱい。」
「は!後君が現実と理想の狭間に耐えきれなくなって壊れてしまった!」
「落ち着くんだぱい!
大丈夫だぱい!」
語尾を相手に合わせて会話を試みる。
が、
「おっおっおっおおおおっぱい、おっぱい。」
ダメだったので会話は諦める。
代わりに右君に何の本を読んでいるのか尋ねることで話題転換を試みた。
「ねぇ、それ何読んでるの?」
「『他者から羨まれるハーレムですが性格に難ありでむしろ変わって欲しいです』だ。」
「お前もハーレムもの読んでるじゃねぇか!
チクショウ、俺のささやかな楽しみを奪った罪は大きいぞ!」
「オチを付けてやったんだ感謝して欲しいくらいだね。」
「そっか…ありが…いやおかしい!この話題が出る前から持ってなきゃ出来ねぇだろ!」
「ふん。そこは僕も高校生ってことだな。」