【16】
私のお母さんは地方で働く清掃屋だ。
いつからだろう。私がお母さんのこと汚いと思うようになったのは。
――
「えーでは今日の授業はここまで。日直。」
「起立。きおつけ。礼。」
「「「ありがとうございました。」」」
「ねぇー煤今日のご飯何処にする?
てかどっち?弁当?購買?」
「うーん購買?」
「OK一緒に買いに行こうー。」
―嘘―である。
彼女は本当は弁当である。
だが、弁当は食べずに購買へと足を運ぶ。
コンビニに入る。
「ねー煤何にするー?」
「うーん。」
「私、ツナ大葉大根おろしパスタにするー。」
「パスタかー。今日気分じゃないんだよねー
麻婆丼にしよー。
2人でお会計を済ませ教室へと戻る。
戻って2人で食事をする。
教室へ近づけば近づくほど胸を弁当の存在がチクチクと刺して主張してくる。
だが、無視だ無視。
そして学校を終えて帰宅する道すがら弁当を駅のゴミ箱に捨てる。
平然と。
「ただいまー」
「お帰り。煤。」
「何?どしたの。早いじゃん今日。」
いつもは午後の10時、22:00に帰宅する父が今日はいつもより早く帰って来ていた。
まぁそんな日もあるか。そう思った。
だが次の一言でそれが破壊される。
―日常が―
「大事な話があるんだ。手を洗ったらリビングに来てくれ。」
「うん。わかったー。」
手を洗い、リビングへと向かう。
「で、何?話って。」
こっちにもやることあんだけど?と続きそうに話しかける。
母も既に腰掛けていた。
私も席に着く。
「あぁ母さん俺が話すよ。」
「うん。」
………―。
無言。
場を時計の音が支配する。
まるで時という生き物の鼓動を診断するかの様に時計の音以外何もしない。
「で?だから何よ?」
煤が静寂を破る。
「あ、あぁ……母さん…母さんな…癌らしいんだステージ4の。」
「え?そうなんだ。」
「どうやらあと保って3ヶ月らしいんだ。」
「へー。」
それしか出てこなかった。
今、思えばあの時は理解したくなかったんだと思う。
今もそうだけど。
「ごめん。ごめんね。迷惑かけて…。」
母から出た第一声はそれだった。
そんな弱気な母を見ていたらなんだか無性に腹が立った。
「別に?謝らなくてもいいからっ。」
「それで母さん入院する事になったから、家事の分担頼んだぞ。」
「そこなんだ。」
「父さんじゃどうにも出来ないからな。」
「ふーん。あっそ。」
「お願いね。」
「分かったよ。」
――
「ねー煤いっつもそれじゃん飽きない?それで。」
「うーん。別にー。」
あの日以来何を食べても味がしない事に気づいた。
だから、毎日同じ物を食べた。
「まぁ煤がいいならいいんだけどさ。」
「ところで今日アスレチックアトラクション行かない?
今日、早上がりじゃん?」
「うん。いいよー。」
「最近どしたん煤前はさぁ誘ってもあんまし来なかったじゃん?最近はほぼ来るじゃん。」
「別にー。」
「そ。」
「じゃ、駅集合ねー。」
「分かった。」
家に帰る道すがらも終始ぼーっとしっぱなしの上の空。
ガチャリ
「ただいまー。」
手洗いを済ませすぐに自室に向かい私服に着替える。
「なぁ、煤。母さんの見舞いに…。」
バンッ!
引き戸を強く開けた音。
「うるさいなぁッッッ!!回復してんでしょ?
ならいいじゃん!ほっといてよ!」
「でも、まだまだ危ない状況で…」
「だからッ!そんなんどうでもいいって言ってんじゃん!あぁもうッッ!!。」
父親を突き飛ばし頭を掻きむしる。
そのままアスアトへ向かいに駅へと向かった。
だが、何故だか楽しめなかった。
そんな日々を送っていたある日。
母は他界した。
うちの家庭にドラマはやって来なかった。
お母さんの遺体は早くに病院から追い出された。
家に遺体が安置されている。
それなのに全く見向きもしなかった。
そして遺体が葬儀屋に引き取られるその前日、私は遺体を瞳に映した。
(あれ?おかしいなぁ。こんな汚い人なんとも思ってないはずなのに何で?)
頬をいくつもの雫がつたった。
「あれ?なんで私ひっく泣いてる、の?
……………………
うわぁぁぁあああああああああああああああああんごめん!ごめんねお母さん私悪い子だった!
私悪い子なんだ本当は!おべんとひっくお弁当食べてなんてなかった!棄ててたの!ごめん。ごめんね、おかぁぁぁさぁぁぁあああん!
私最低だ!お母さんのことずっと汚いっておもって遠ざけてた!ごめん。ごめん。ひっくひっく、スゥハァアアアうわぁあああああん最後にひっく最後にお母さんのお弁当食べたかったよー。」
死んでしまった今だからこそ言えることだ。
それが最後のお弁当ならきっと食べていた。
でも、死ぬまでついぞ食べられる事はなかった。
こんなところ父には見られたくはなかった。
本当は母の病状を理解していた、でも!理解なんかしたくもなかった。
母が死ぬなんて。
泣いているのはバレたくない。
しかし遺体を見ていると泣いてしまう。涙が止まらないのだ。自然と一粒二粒と涙がホロリホロリと頬を伝う。
だからそっと部屋を後にした。
その後、自室で一晩中泣いた。
「なぁ煤、母さんの遺影用の写真探すの手伝ってくれないか?」
「うん。分かった。」
目元が赤く腫れ上がっているのには目をつぶっていてくれた。
煤は完全に憔悴しきっていた。
写真を探しているうちにビデオも発見した。
探し疲れたのでビデオを休憩がてら観ることにした。
しかしまぁ、よくこんだけ私の写真が出てくるもんだと感心する。
(それだけ愛されてたってことか。)
ビデオを再生する。
そこには小さな私が映っていた。
『ねぇ、ママ!私正義の魔剣少女になるの!
それでね、それでね、私!悪い人をやっつけて皆んなを助けるの!』
『そう、頑張ってね』
私は画面の向こうで無邪気に笑っていた。
いろんなことを知った今、その無邪気さは素直に羨ましかった。
(そういえば私魔剣士になりたかったんだ。)
そう思うのと同時、私の運命は決定づけられた様に感じた。
亡くなった母その唯一の繋がりがそこにはあった。
弁当を食べず外食、コンビニによって作られた私の身体に唯一ある繋がり。
それが魔剣士になること。
なろう!魔剣士に。
そう覚悟を決めるのであった。