第三十五章
信恵の献身は続いた。李の拒否的態度は一向に変わらなかったが、彼女はお見舞いを続けた。
李が食事にまったく手を付けないと、彼女も夕食を抜いた。そして彼の手を握ってひたすらベッドサイドで祈り続けた。ー宗教を持たない彼女であったが、神にも仏にも、彼女なりの祈りの言葉でただ祈り続けた。
李が、「もう帰れ」とでも言おうものなら、「帰ってほしければ、私を力づくで追い出しなさい」と言って、言い返した。
ベッドサイドでそのまま朝を迎えると、化粧もそこそこに勤務先の病院に直行した。ー病院の看護師が、ついには気遣いで簡易ベッドを傍らに置いてくれた。
そんな彼への献身とは別に、彼女は毎週末、大阪へ通った。ー李の娘、琴湖に会いに行ったのである。
李の見舞いに行ってほしいと願いに行ったのではない。
「お母さんの遺書はあなたからお父さんに渡すべきだ」と、彼女に言うために。
もっとも彼女はインターフォン越しに「帰って」と言うだけで、信恵にもはや会おうとはしなかった。
ただ、信恵はくじけなかった。琴湖は、信恵に会おうとはしなかったが、遺書を返せとは決して言わなかったからである。
「彼女も深く傷ついている。それは父への憎しみだけで決して癒えることのない心の傷…」
信恵は直感でそのことを感じると、必ず彼女は私に会ってくれると、諦めずに、彼女の家の玄関を叩き続けた。
するとどうであろう…。
叩けよ、さらば開かれん…。その通りであった。
ある日、ついに根負けしたか、琴湖はドアを開けたのである。




