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命の水の満つる夜に  作者: 中川聖茗
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第三十四章

 信恵はひどく混乱した頭の中を整理しようと、空いていたベンチに腰かけた。もうすっかり暗くなっていたが、河原に整備された公園があって、その照明のおかげで周辺は明るく照らされていた。

 鴨川の対岸のはるか向こうに比叡山が見える。丸太町と御池の中間あたりであろうか。あたりはひっそりとしていて、時折、犬の散歩や、ジョギングをする人の姿が散見去れるだけである。

「これからどうしよう…」

 李の娘と面談したことすら、まだ伝えていなかった。ましてや聖子の遺書の存在も伝えていない。

「今の彼に言えるはずがない…」

 ならばどうすればいい?ーいい答えがあるはずがない。いや、仮に彼の娘に会ったことを伝えたところで、彼の慰めになろうはずがないことは明らかだった。

「今は私がしっかりするしかない」

 しかし、具体的にはどうすればいい?

 何度考えても、結局出る結論は同じであった。

「今までと同じ。彼の苦しみに寄り添って、彼とともに悩みぬくしかない。そして共に苦しみぬくしかない」

 信恵は、二人を取り巻く現状を嘆くこと、まずはこれをやめようと思った。

「共に苦しむんだとしても、明るくなきゃね」

 何か大きい力が、私たちの運命を操っているのだとしても、けして弄ばれているわけじゃあない、彼も私も欠点だらけの人間だ、でも精一杯、人のためにって頑張ってきた、だから、だから、今こんなに大きい試練にあっているのも、何か意味があるはず、これを乗り越えて、そうよ、乗り越えることこそ、死んでいった人たちへの謝罪になるんだわ、そうに違いない!」

 彼女は何か大きい確信に満たされると、悲しみに満ち溢れて、すっかり闇に包まれていた心にも、少し晴れ間が差し込んでくるのを感じた。

 彼女は天を見上げた。満月である。

「お月様が力をあたえてくれたのかな?私の心の闇を照らしてくれたのね」

 信恵は、続いて思った。

「でも、月の光も、太陽に照らされているってわけだから、何だ、やっぱり、私は李君にてらされているんだ。彼がいることで私はこんなにも頑張れる、そうよ、彼に照らされてこそ、やっぱり私は頑張れる!」

 彼女は立ち上がった。そして月をそうして見上げ続けた。

 するとどうであろう!

 彼女の目に、月から悪魔が転げ落ちるのが見えたのである。

「あっ」

 信恵は目をこすった。ー錯覚か?そうだ錯覚であろう。でも彼女は、「見た」と確信したのだ。彼女の心の目には見えたのである。ー信恵の心に再びともった灯りが、悪魔を躓かせたのだ。

「李君に取りついた悪魔も去れ!」

 信恵は月に向かって叫んだ。李君は必ず元気になる、固く心にそう信じると、彼女は家に帰る道についた。


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