第三十三章
妙子の自殺疑惑のニュースは、信恵が予測したごとく、数日後に李の耳するところとなった。入院患者がどこかからニュースを聞いてしまったのが、李の耳に入ってしまったようである。
恐れていたことがついに起こった。ー信恵はそれが、李の病状を良くない方向へ向かわせることになろうと、そう案じると、深い悲しみに襲われるのであった。
信恵の不安は現実のものとなった。李の病状は再び下降線を下った。食事も口にしなくなり、発語も減った。笑顔もみられなくなった。
そんなある日、李は見舞いに来た信恵にぽつりと呟いた。
「信恵さん、もう俺のことは放っておいてくれ」
信恵は、久々に李の発した言葉が、自分を突き放す言葉であったので、ひどくショックを受けた。彼女は泣きそうになるのを必死に堪えながら言った。
「どうして、どうして、そんなことを言うの?せっかくここまで回復してきたのに、なぜ、どうして、そんな悲しいことを言うの?」
李は答えた。
「川村妙子の事、聞いたよ。能登半島で遺書が見つかった、って。ー俺のせいで、また一人の女性が命を絶ったわけだ。ーこんな俺が生きていく価値があるはずがない…」
そこまで言うと、李は突然嗚咽した。長いうつ状態の中で、感情を露わにすることすらなくなっていた彼だったから、信恵は驚くとともに、それほどに彼が深い悲しみに囚われていることにも思いを馳せると、彼の深い嘆きの言葉を、今は、黙って聞いているしかなかった。
「君に一方的に別れを告げ、君を傷つけ、社会人となり結婚した聖子を、次には死に追いやり、ついには今回、妙子までも死に追いやってしまった。ーー俺は死神だ。そうだろ。俺に関係した人が皆不幸になる。そうさ、俺は死神、そんな俺は、死神にふさわしい地獄にさっさと落ちればいいのさ、そうだろ、そうだろ!もう、俺のことは放っておいてくれ!」
最後は叫びだった。顔は涙でくしゃくしゃである。
聞いていた信恵もいつしか泣きじゃくっていた。
絶望と悲しみ…。そしてやるせないほどに強力な無力感、ただ、それしかなかった。深く深く、恐ろしいほどに深い淵に飲み込まれそうな、そんな恐ろしさを感じて、信恵は部屋を飛び出した。
その後のことははっきりと覚えていない。タクシーに飛び乗ったことだけは覚えている。そして、気が付くと、彼女はいつしか鴨川の河原を歩いていたのであった。




