第二十六章
京都宝が池病院への転院は数日後に行われた。
新しい主治医と信恵は早速面談を持った。
「原田さんも精神科医ですから、くどくどとは説明しません。重度のうつ病ですね。思い切った投薬治療をしていくことになります。ご了解ください」
淡々と語る主治医の言葉に耳を傾けながら、信恵は自分がなすべきことを頭の中で確認していた。
「ともかく毎日お見舞いに来よう」
何が出来るか?と言われれば、実際のところは、見守り、声をかけるぐらいしか出来ないだろう。それでも彼から与えられた光を、輝きを、恩を、ともかく彼に返す時、そう固く決意し、その日から、彼女の病院通いは始まったのであった。
病室は個室を与えられた。病院の配慮でもあった。信恵は毎晩、仕事が終わると、ここへ直行し、まったく手の付けられていない李の夕食を、温めなおし、拒否する彼の口元に一口ずつ運ぶのである。
さすがにそこまでされると彼も、少しは口にするようになる。
こんなことの繰り返しが果てしなく続いた…。
そして一月程経過したある日…。
李は、それまでほとんど口を開かなかったのだが、食事が終わると、信恵に話しかけた。
「信恵さん。どうしてここまでするんだい。僕にはもう生きる価値はない。静かに静かにこのまま眠らせてくれ、お願いだ」
信恵は、ようやく口を開いてくれたはものの、依然として希死念慮に満ちた彼の発言に、ただ涙するばかりであった。
「李君、お願い、生きて!あなたは多くの人に必要とされているの、そうよ、私も含めて、だから、だから、あなたを必要としている人たちのことを考えて!お願い」
こうして涙ながらに訴えると、李は再び口を閉ざしてしまうのである。
こんなことが繰り返されながらも、それでも信恵の献身が実って、李は少しずつ、本当に少しずつではあるが、食べるようになってきた。
奇跡が起きるか?主治医を含め、病院関係者がそう思い始めた、まさにその時であった。
京都下京警察署から一人の刑事が信恵の勤める病院にやって来たのである…。




