第二十四章
入院してから一か月が過ぎた。
信恵の献身的努力の甲斐もなく、李の傷はすでに完治しているというのに、彼は依然としてベッドから起き上がろうともせず、悶々として、日々をベッド上で過ごすのみであった。
信恵は励ましの言葉を常にかけ、病院食以外に、李の好物のものを弁当にして持って来たりしたが、彼は一向に手を付けようとしない。さらには口を瞑って、信恵の励ましの言葉にも「うん…」と繰り返すばかりであった。
「どうしても心を閉ざしたままだわ…」と、信恵も、どうしていいものやら、すっかりお手上げの状態であった。
そんなある日…。
信恵は李の主治医から面談を申し入れられた。病状と今後のことについてであった。
主治医は淡々と語った。
「ーー李さんにはお子さんがおられるとのことで、本来ならその方にお話をするべきなのですが、連絡が取れません。ご両親はすでに他界されておられますし、お兄さんは国境なき医師団の仕事でアフリカの奥地に出向いておられ、連絡が取れない状況です。そこで、やむなくご親友のあなたにお話をさせていただきます…」
こういって、彼は話し始めた。
そうなのである。今回の事件により、李には 実は子供が一人いることが彼の述懐により図らずも判明したのだが、これについては警察も調査をしたが、所在が不明なのだ、という。
自殺した河の両親はすでに死去しているところまでは何とか調査で判明したのだが、親族関係については、朝鮮籍であり、韓国の戸籍にも登録を全くしていないので(当時の、北朝鮮支持の人は、韓国という国を認めていなかったので、韓国の戸籍への登録をあえて、しなかったのである)、彼の子供についても、その所在、安否、いずれも知りようがなかったのである。
いや、ひょっとして誰か情報を持っているものがいたとしても、警察へは口をつぐんだであろう。年配の在日コリアンらの日本政府、なかでも警察への不信感は根強いものがあったのだ。
信恵は答えた。
「はい、彼の家族の事情は私も聞いています。今は、私が、近しい友人としてお話を聞かせていただきます」
主治医はその言葉を聞くと安心したようだ。彼は話を続けた。
「李さんの外傷ですが、これは完全に治癒しています。ただ、原田さんも見てわかる通り、依然として、何ていうんでしょうか、元気がないんですね。まず食欲がありません。ーーぎりぎり出されたものは食べてはいるんですが…。それと体力が回復していない。リハビリには全く意欲を見せませんし、ほぼ寝たきりで、筋力の衰えが激しいです。外科的にも内科的にも問題はみつからないんですね、だから、まあ、これは原田さんがむしろ専門なんでしょうけど、精神的なところに問題があるのかなと…。要するに、良くなろう、元気になろう、という意欲を全く感じないのですよ」
信恵は言われて、頷くしかなかった。
信恵が黙ったままでいるのを見て、主治医は続けた。
「もう術後一か月です。退院のことも考えないといけないですが、このまま退院させていいものかどうか、我々も悩んでいます。看護師には、死を仄めかすようなことも言ったりしているとか、そこでなんですが、このまま精神科病院に転院していただくのが最善ではないかと考えるのです。いかがでしょうか?」
信恵は、ある程度予期していた話でもあったので、転院の話はすぐに承諾した。そして言った。
「転院先ですが、少しだけ時間をください。私が探してきますので」
主治医は反対する理由もないので、これを快諾した。
こうして主治医との話を終えると、信恵は一人面談室に残った。
がらんとした無機質な部屋である。患者や家族に説明するためであろう、パソコンの大きいモニターだけがひときわ目立つ。
信恵は、転院先をどうするべきか考えた。彼女の勤務先へとも考えたが、これは良くないだろうと考えた。できれば、お互いにしがらみのないところがいい、私は毎日見舞いに行けばいいだけの話だから、と、あれこれ考えて、結局、信恵の勤務先に近い、同じ京都の北山に位置する、精神科病院である、京都宝が池病院がいいと結論付けた。ー毎日見舞いに行くつもりであったから、地理的にそこが最適と判断したのだ。
「仕切り直しだわ…」
信恵は相談室の窓から外を見やった。東の方に東福寺の塔頭寺院の屋根がぽつぽつと見える。そしてその向こうには稲荷山から続く東山連峰も…。
「今度は北山ね…」
信恵は気を引き締めた。精神科医としての自分が試されているというよりは、自分という生身の一個人が試されているのだ、と思った。
最後の気力の一握りまで、彼のためにすべてを捧げよう、と決意を新たに、彼女は相談室を出た。




