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命の水の満つる夜に  作者: 中川聖茗
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第十五章

沈みゆく夕陽を見やりながら信恵は回想を続けた。

「子供が生まれてからすべてが変わった…」

 子供が生まれると、彼の愛情はほとんど子供に向けられるようになっていった。信恵はさみしさと言うか、焼きもちというか、子供に多少の嫉妬は感じたものの、良く子供の面倒を見る彼に、不満があるわけでもなく、父と息子の仲睦まじい姿を横目で見ながら、自らは家庭の主婦として、子育てにも無論加わり、また、妻として夫を支えるという良妻賢母ぶりを発揮していた。

 雲行きが怪しくなってきたのは小学校高学年の頃からである。

 信恵夫妻の子は成績が優秀であった。公立の小学校であったが、テストはいつも”はなまる”で、クラスメイトからは”天才君”とあだ名されているぐらいであった。

 父は、子が優秀なのを見て、塾へ通わそうとした。信恵はすぐさまに反対した。自分の歩んだ道を、再び子どもに辿らせるということは、到底、信恵の許容するところではなかった。

「あんな、苦痛を子どもには味わせたくない…」

 彼女にとって、至極当然なこの結論を、しかし、夫は受け入れなかった。彼にとって、優秀な学校へ進学させることは、譲れない所であった。

 彼は学歴至上主義であった。新婚生活時代にも、言葉の端々にそれを匂わせるものはあったが、信恵はさほど気には止めていなかったのである。妻が国立大学を卒業していることへの、軽いさやあて程度にしか考えていなかったのだ。

 ところが、子どもの中学受験について、彼は一歩も譲らなかった。是非とも子供は国立の医学部に進学させたいと言う…。これは信恵にとっては悪夢の再現であった。

 もっとも教育熱心というだけで、子どもへの愛情については、信恵以上の面もあった。子どもは完全にパパっ子で、とても父になついていた。ー信恵は、ついには進学について、彼の言うことをすべて黙認することにした。

 中学高校と、私学の進学校に進み、そこまでは順風満帆であった。成績もよく、国立医学部は十分合格圏内に入っており、勢いを保ったまま、大学受験に臨んだ。ーしかし試験本番で力を出せず、現役合格は失敗と終わった。

 信恵と同じで、いざ本番となると緊張してしまい、目の前が真っ白になった、と息子は述懐した。信恵は自分が責められているようで心に痛みを覚えた。

 二浪、三浪と不合格が続いた…。

 ついに信恵の夫の心の忍耐が切れてしまった。ー子どもに、「頭が悪い」とか「出来損ない」とかの暴言を発するようになった。それは信恵にも飛び火した。ー「お前の心の弱い性格が遺伝した」とか、「お前が俺に受験教育を任せきりで、何も協力しなかったからだ」とか、そんな暴言を信恵にも浴びせ始めたのである。

 最後には子どもの心が折れてしまった。彼は父親から浴びせられる暴言に耐えかねて、ついに父親へ牙をむいた。父に暴力を振るい始めたのだ。そして次には母親にもそれは向けられた。「どうして父親の虐待から俺を守ってくれなかったのか」と責めたのである。

 ついに、がらがらと大きい音を立てて、家族は崩壊したのであった…。


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