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命の水の満つる夜に  作者: 中川聖茗
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第十三章

 「でも…。それで、同情しろと言われても、そんなこと、そんなこと、すぐには無理だわ」

 信恵はなんともやるせない気持ちを抱いたまま、ほどなくして稲荷神社についた。観光客が訪れることもまれな、この神社へは李と良く散歩に来たものだった。李のお気に入りの散歩コースであったのだ。

 ここからは東に大文字山が近くに見える。

 彼女は、神社の境内に腰かけ、大文字を見やりながら、李の語った、ほぼ悲劇とも言える彼の半生を、今度は自分の半生と対比させ始めた。

「私は一体どうだったんだろう…」

 受験に明け暮れた青年期、両親との葛藤、対立、精神的決別、そしてつかんだ自由な学生生活、李との出会い、そしてつかの間の彼との恋愛時代…。

 そして別れ…。

「そして、私の第二の地獄が始まった…」

 彼女は稲荷神社を後にすると、そのまま真如堂へ向かった。ここも境内は人もまばらで、彼女は疲れた足を休めようと、本堂の正面にある、階段に腰かけた。

 丁度夕暮れであった。夕陽が三重塔を真っ赤に染めている。光り輝くその姿を見て、「ああ、昔の人は、こうして西方浄土を夢見ていたのね」と、感傷に浸っていたが、ふと自分の姿を見ると、自らも夕陽に照らされて、その姿は真っ赤に染まっている。

 誰かに聞かされたが、極楽浄土では全てのものが黄金色に光り輝いているとか…。

「私は、しかし極楽に往生なんて絶対無理ね」

 彼女は自分の夕陽に輝く姿にひどく戸惑い、恥じらいすら感じるのであった。

 彼女は、李との別れから、自分が辿った、卒業後の人生を振り返った。普段はなるべく思い出さないように、記憶の片隅に追いやっているが、昨日の李の告白を聞いて、今日は今一度、正面から苦い思い出と対峙しようと思った。

「せっかくつかんだ自由を手放したのが、最初のボタンの掛け違えだった…」


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