幽霊になった聖女は悪役令嬢を救う
初投稿です!
全体的に設定がふわっとしています。
「セレナ・サンチェス公爵令嬢!貴様との婚約を破棄する!」
学園の高等部の卒業パーティーという晴れやかな舞台でとんでもないことを言い出したのはこの国の第二王子。兄の第一王子が優秀なのに対して、勉強の成績も運動の成績も低いため残念王子と陰では呼ばれている。その隣にはニヤリと笑う男爵家の令嬢。父親の功績で平民から成り上がったそうだが、礼儀やマナーが悪いと色々噂になっている。こちらもある意味残念令嬢ね。
それにしても第二王子って不思議なんですよ。先程も言いましたが第一王子は優秀で陛下も王妃も知的な方なのに第二王子だけ馬鹿。きっと脳みそを王妃のお腹の中にでも置いてきたのね、可哀想に。
「婚約破棄は構いませんが一応理由を伺ってもよろしくて?」
反論してるのはサンチェス公爵令嬢。とっても美人な上に頭も良くて優しい子。密かに行われている憧れの令嬢ランキングに毎年のようにランクインするほどの完璧さ。そして私の大切な親友!ここ重要!
この婚約は万が一第二王子が王位を継承することになっても国が問題なく運営できるようにと、陛下が考えた結果なんだけど……。優秀だったセレナが巻き込まれたのは親友としては許せない。本人も嫌そうだったけど陛下から直接頭を下げられたら断れないものね。
そしてそんな周りの人達の苦労も知らずに勝手に婚約破棄をしてる残念王子を殴れないのが悔しすぎる。殴れないのは相手の身分がとかじゃなくて肉体がないからなんだけど。
遅くなったけど私の名前はソフィア。伯爵令嬢と聖女っていう肩書きの持ち主だった。セレナと知り合ったのはまだ聖女になる前で、王家主催のパーティーに行った時に謁見にガッチガチに緊張してた私をセレナが励ましてくれたのがきっかけ。身分なんて気にしないで優しく接してくれてすごく嬉しかったのを今でも覚えてる。そこからだんだんと一緒に話すようになって私たちはすぐに仲良しになった。
そして学園の中等部に入学した頃私は聖女として認定された。そのせいで全然学園に通えなくなったのは悲しかったけど、セレナは聖女と認定された後でも変わらず接してくれたしお互いに手紙もたくさん送りあった。私はそれで十分満足してたし、久々にあえた時に長々と語り合うのも好きだった。
だけど私は高等部に入学した直後、聖女として辺境の街を浄化して帰る途中に起きた馬車の事故によって呆気なく命を落とした。
そして、気が付いたら幽霊になっていた。解せぬ。
ちなみに今はこの断罪劇をセレナの目の前で庇うようにしながら特等席で鑑賞中。
「しらばっくれるな!貴様に虐められたとメアリーが言っているんだ!」
「言葉だけでは証拠になりません。第一私にはメアリー様を虐める理由がありませんし……」
どう考えてもセレナは悪くないけど頭が残念な王子にはそんなことも分からないのか。恋は盲目ってやつ?
とはいえ私もセレナを侮辱されて気に食わない。私の未練は彼女に恩返しすること(多分)。そうだ!聖女として悪者には罰を与えましょう。死んだことで天により近づくことができた今の私に不可能はないんだから!
まず手始めに天気を荒れさせ、雨音と雷でこの断罪劇の伴奏を奏で始める。やっぱり雰囲気って大事だものね!
残念王子の服はズタズタに切り裂く。まるで物乞いの着る服のように、とっても醜くしてあげる!
「ひぃ!なんなんだ急に!」
そして男爵令嬢の髪をチリチリに。どんなに優秀な人でも治せないように固めておく。髪は女の命だものね。
「ちょっとぉ!なんなのよこれぇ。私の髪がぁ」
この二人にはついでに呪いの刻印を手の甲にプレゼント。見た目だけで呪いの効果はないけど、神から見放されたとすぐ分かる証。手を差し出したら丸見えだけど二人ともお揃いですっごくお似合いよ。
この断罪を見て笑っていたやつらには超絶痛い静電気を。見てるだけというのも十分加害者ですからね。次は無いぞと警告するように。
あちこちから痛みを訴える声が聞こえる。思ったより多かったわね。この場にはクズしかいないのかしら。
最後にセレナには私の持てる全ての力を使って加護をかけたペンダントをプレゼント!とにかく周りにこの子は神に愛された子なんだと知らしめるように。天から光り輝くペンダントが降ってくるなんてなかなか神秘的じゃない?我ながらいいセンスしてるわ!
すると所々から「神の怒りだ」「第二王子は神を敵に回したんだ」「サンチェス公爵令嬢は神の愛し子なのか?」などといった様々な声が聞こえてきた。いい気味だわ。残念王子と男爵令嬢なんて真っ青な顔で怯えてる。セレナが聖女である私と仲が良かったことは平民でも知ってる話だからね。私がいいふらしてたからだけど。それによって神に愛されたってことになってるのかな?聖女=神的な感じで。
「……ソフィア?いるの?」
おっと、さすが我が親友は察しがいいわね。正直私がいることはバレるだろうなぁと思ってた。だってペンダントは昔私が使っていたものと同じものだから。今の状態の私でも無の状態から作るのは難しかったし、盗みも働きたくないから使っちゃった。
「ねぇソフィア?何処にいるの?……返事して!」
セレナがおかしくなった!?そこには何もないよ!私は反対側!でも大勢の前で姿は見せられない。だから必死に頭の中に語りかける。『一緒にピクニック行った花畑に一人で来て』って。伝わったかな?あっ頷いてる!大丈夫そうだ。
って会場を出て行っちゃった!もしかして今すぐに行くの!?明日じゃなくて?他の人達は放心状態で誰も彼女が出て行ったことに気づかない。
私もまさか出ていくとまでは思ってなかった。来るとしても明日だろうなとか思ってたし。
……とりあえず私も向かいましょうか。
***
たくさんの花に囲まれて月明かりに照らされてるセレナはとても美しかった。急いで来たせいか呼吸は乱れているけど。
緊張しながらも私は彼女の前に姿を現す。
『久しぶり』
「ソフィア!会いたかった!」
抱きつこうとしてきた彼女の手が私の体を通過する。幽霊だから触れないのは仕方ない。体もスケスケだし。
『ごめんね、幽霊だから触れないや』
「……本当に死んじゃってるのね」
『うん』
ああ、そんな悲しい顔しないでよ。私は泣きたい気持ちをグッと我慢する。出来るだけ笑え。彼女が不安な気持ちを抱かないように。
「さっきのは私を守ってくれたの?」
『もちろん!私の大切な親友を傷つけるやつは許さないんだから!』
「ふふ、ありがとう。でもちょっとやりすぎじゃない?」
『全然。むしろ足りないくらいよ』
また話せて嬉しいと思いつつも話せるのはこれが最後なんだろうってことを私はとっくに察していた。最後ならばなおさら笑顔を絶やさない、涙の別れは嫌だから。
「ソフィアはいつまでいられるの?」
『……多分今日の夜明けまでだと思う』
「今日の?そんな……じゃあこれが最後なの?」
『ある意味そうかもね。本当にいなくなるわけじゃないの。姿が見えなくなるだけでそばにはいるから。セレナのことは私がずっと守っててあげる!明日から私はあなたの騎士よ』
「あら、本当?それはとっても心強いわね。あなたがいるなら怖いものなんてないわ」
『ふふ!そうでしょ!』
自分の感情を押し殺して強がって笑っていてもやっぱり悲しい気持ちは消えなかった。大切な人に認識してもらえないのは辛いことだってことを私は死んですぐに知ってしまったから。いくら話しかけても、返事が返ってくることはない。私の死を悲しんで泣いてくれる人の涙を拭ってあげることも出来ない。ちょっとした意地悪で目の前に立って進路を塞いでみても相手はただ私の体を通過していくだけ。
もしもまだ生きていられたならば、こんなことは無かっただろう。それに生きている間にもっと話しをしておきたかった、一緒にお買い物にも行きたかった、お泊まり会っていうのもしてみたかったなどなど。他にもやりたかったことがありすぎて……。考えてみたら私って未練ありすぎね。でももうその願いは一つも叶えることができない。だって私は死んでるから。
「泣かないで」
突然彼女はそう言って笑った。泣く?私が?いつの間にか笑顔の仮面は剥がれ落ちて私は泣いていた。セレナも泣いていたけど、幸せそうに笑ってる。私も負けじと笑顔を作った。
「ひっどい顔してるわね」
『あなたの方が十分ひどい顔してるわよ』
「ふふ、確かにそうかもしれないわ」
お互い涙でボロボロの顔を見合わせ笑い合う。
「また話しましょう?もちろんとお互い見えてる状態で。それがあの世なのか、来世でなのかは分からないけれど」
『そうね、特別に待っててあげるから来世へは一緒に行きましょう。言ったでしょう?あなたを守るって。私に会いたくなっても早死にすることは禁止だからね!』
「当たり前よ。次に顔を合わせるときにおばあちゃんでもいいかしら?」
『大歓迎!むしろおばさんくらいの状態で再会したらお仕置きしちゃうわよ?』
「あら、あなたのお仕置きはとっても怖そうね」
私たちは夜が明けるまで話し続ける。次に顔を合わせられるのはきっと、ずっとずっと先のことだから。夜明けが近づき少しずつ私の体が消えていく。それでもお互い話しは止めない。
だけど私が完全に消える直前に
『さようならは言わないよ』
「ええ、もちろん当たり前よ。またね」
『うん、またね』
二人で指切りをした。
また話せますようにって願いを込めて。生きてる彼女と死んでる私とでは指を絡ませることは出来なかったけれど、次会うときにはできるだろうか。
***
あの後、第二王子と男爵令嬢は二人揃って平民落ちにされた。十分重い罪だけど、処刑にしないところが正直意外だった。だって神に見捨てられたも同然なのよ?そう考えると陛下って自分の息子に甘いわよね。それにあの二人ならもう少し抵抗するものかと思ったけど大人しく処置を受け入れていたようだ。よっぽどあの時のことが怖かったみたい。これを機にしっかり反省してほしいものだわ。
一方セレナは神の愛し子として新たな聖女にならないかと教会に頼まれていたが、首を縦に振ることは一度もなかったそうだ。「聖女の称号はソフィアのものだから」だって。私とっくに死んでるんだけどな……。恋愛面では留学から帰ってきた第一王子と結婚していた。悪い男に引っかからなくて本当によかったと一安心。二人の仲は良好で子供も一男二女に恵まれた。仕事にも熱心に取り組んでいた彼女は数々の功績を残した上に、神に愛された王妃として歴史に名を残していた。
そして彼女の長い長い人生に終止符が打たれようとしたとき、彼女は私を見て笑った。
「お待たせ。迎えに来てくれたの?」
『あら、確かに待ちはしたけど迎えには来てないわ。なんたってずっとそばにいたんだもの。皮肉だけどいたなら来たとは言わないでしょ?それに私はあなたの騎士よ!もう忘れたの?ほら、お手をどうぞ、お姫様?』
「まだその設定続いてたのね。すぐ忘れると思ってあの時訂正させなかったのに……。あなたは騎士である前に私の親友なんだから騎士の態度はやめてくれない?」
『別にいいでしょ!もう、いちいち訂正する必要無いでしょうに。……せっかくカッコつけたのが台無しじゃないの』
「あはは、ごめんごめん」
『まったく能天気なんだから。……早く行きましょう?』
少し不貞腐れながらも彼女の手を引いて天に登っていく。
『ねぇ、一つお願い言ってもいい?』
『なぁに?』
『来世でも私の親友になってくれないかしら?』
『……っ!もちろん!望むところよ』
『ありがとう!ってあら?もしかして泣いてるの?……泣かないで』
そう言われて余計に涙が出てきてしまった。昔泣き笑いしながら私を慰めていた彼女の姿を思い出す。「泣かないで」という彼女はあの時から全然変わってなかった。きっと生まれ変わっても彼女が変わることなんてないんだろう。それでも私たちの中でひとつだけ確かに変わったことがある。
それは―――
差し出されたお互いの小指を今度こそきちんと絡ませることができたこと。
変わったことなんてそれだけで十分だと思わない?