わがまま幼なじみサキュバスの魅了が、僕にだけ効かない
「魅力!」
「…………」
「魅力!」
「………………」
「もう! 何で効かないのよっ!」
「何でだろうね?」
「わたしの魅了は、一族でもいちばん強いはずなのに……」
「昔から謎だよね」
「何で陽太にだけ効かないの……?」
魅了。
それは、サキュバスなら誰もが持っている能力で、成功率は基本的に100%というチート技だ。
まあ、成功したところでどこまで命令出来るかはサキュバス本人の力量次第なのだが、多分幼なじみである月亜の力量だと、『死ね』という命令でも通るだろう。
そんなことはしない奴ってことは分かってるけど。
「まあ、いいわ! とりあえず、学校に行きましょう!」
「それはいいんだけど、敷地外に出るときには翼と尻尾を隠してからね?」
「わ、分かってるわ!」
「流石にね?」
「ももも、もちろんよ!」
絶対忘れてたな。
少し意地悪をしてみると、こういう素直な反応が返ってくる。そこがまた可愛いのだ。
……しかし、そんな初歩的なミス、ここ数年はしていなかったはずなのに、今日はどうしたんだろうか。
頭に残る不安を振り払えないまま、2人並んで登校した。
「じゃあ、またお昼と放課後ね!」
「うん、また」
「また〜!」
教室の前で別れる。
残念ながら、今年は月亜と僕は別のクラスになってしまったのだ。
まあ、今まで14年ほど同じクラスだったのがおかしかったといえばそうなんだけど。
それでも隠しきれない寂しさを覚えながら、僕は教室に入った。
─────────────────────
「また〜!」
つとめて元気に見えるよう振る舞って、陽太の元から離れる。
だけど、数秒後には……
……寂しい!
寂しすぎる!
何で今までずっと一緒のクラスだったのに、今年から急に別になっちゃったのよ!
なんて言葉で頭が埋め尽くされる。
(こうなるくらいなら、先生を魅了して言うことを聞かせておくべきだったわ……)
っと、いけない。
こういう悪用はダメって、ママから言われてるんだ。
陽太に嫌われちゃうし、それだけは絶対に避けたい。
ただ……
「本当、なんで陽太にだけ魅了が効かないのかしらね……」
ぼやきが漏れる。
最近、本当に自信をなくしている。
何回やっても魅了が効かないものだから……少し、不安定かもしれない。
すると、私の前の席にいた男子グループが反応した。
「月亜さんって、サキュバスなのか?」
「あれ? 言ってなかったかしら」
「聞いてない聞いてない! へーそうなんだ……」
「まあ、今どき珍しいものでもないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ……それでも、月亜さんクラスの美少女がサキュバスか……」
「なあ、ちょっと俺らを魅了の練習台にしてみてよ」
そう、1人の男子生徒が口にすると、周りから賛成! 賛成! と言う声が相次いだ。
(……サキュバスに魅了をかけられると、そのあとイイコトをして貰えるって迷信、まだ信じてるのかしら)
でも、確かに陽太に全然魅了が効かないことで、少し自信がなくなってきているのも事実。
「まあ、それもいいのかしら……」
魅了はその時の精神状態が大きく関わるものだから、ここら辺で少し自信を取り戻すのもいいかもしれない。
そう思っての発言だったのだが、そこで私は一つ天才的な名案を思いついた。
(この魅了で、学校で友達がいない陽太の友達を作ってあげれるかも!)
手順としてはこうだ。まず、私が練習台になってくれると言っている男子達に魅了をかける。
そして、しばらくそのままにしておいて、陽太と遊ばせてみる。
そこで楽しそうだったら、そのまま陽太の友達になってもらう。
(か、完璧だわ……!)
「うん、是非練習台になってちょうだい!」
「ああ……俺たちを練習台にしてくれよ……」
この男の人達の下心はちょっと気持ち悪いけど、陽太のためなら構わない。
(きっと、喜んでくれるはず……昼休みが待ち遠しいわ!)
予鈴が鳴って各自席に戻っていく男子グループを眺めながら、私は胸を高鳴らせていた。
ちょ、ちょっと多くなりすぎたかしら……
3限目の休み時間、私の魅了にかけられるのを待つ男子×100人を眺めながら、そう思う。
最初の男子グループが噂を流したらしく、いつのまにか列が出来ていた。
ちゃんと、魅了したあとにイイコトはしないし、ただの迷信だってことも教えたんだけど……聞く耳を持ってもらえなかった。
「どうしよう……」
目の前の列は止まる気がしない。
むしろ、少し目を離した隙に増えている気さえする。
(あんまり大人数相手に一気に魅了しちゃうと、サキュバスとしての本能が強くなっちゃってテンションのたかが外れてしまうから、あんまりやりたくないんだけど……)
そうやって、しばらく悩んでいたのだが、考えるのがだんだん面倒になってきた。
……ん〜! もう、やっちゃえ!
「魅了!!」
(あーあ、やっちゃった……)
魅了された人特有のオーラがたくさん立ち上がるのを眺めながら、私は少し後悔した。
(まあでも、友達は多い方がいい……わよね?)
不安はもちろんあるけど、魅了をかけた以上そんな素振りを見せることも出来ない。
私は想像以上に高まる本能を自覚しながら、それでもどうすることもできなかった。
─────────────────────
昼休み。僕は不安でならなかった。
何故なら今日はやけに廊下がうるさかったから。
それに、『月亜さん』って名前が頻繁に出ていた気がするし……
心配だけど、とりあえずいつものように月亜が来るのを待っておこう。
「陽太ー!」
っと、そんなことを考えていると、ちょうど月亜が来たみたいだ。
穏やかな気持ちになりながら振り向いて、固まった。
……後ろに、魅了された男子生徒の列が見えたからだ。
「月亜、何してるの?」
「うふふ、みんなを魅了したの。つまり、私に逆らえないわ。それは、陽太にも逆らえないってことなのよ?」
「月亜、それはダメだよ」
「でも、みんなわたしに自ら魅了して欲しいって頼んできたわよ?」
「それでも、ダメ」
「っ、でも、わたしはっ……」
「どんな理由があろうとも、魅了を悪用したらダメって昔から言われてきたでしょ。今日のはちょっと、見過ごせない」
「っ〜! もう、知らない! 陽太なんて消えちゃえ!」
そう言って、月亜は教室を出ていった。
周りの人を見ると、魅了された後特有のオーラは消えて、無事解放されているみたいだ。
とりあえず、胸を撫で下ろす。
けれど、僕の心の中には棘が刺さったままだった。
窓の外は、だんだん曇り始めていた。
回らない頭で授業を終えて、放課後。
学校に月亜の姿はなかった。
いつもなら、呼んでもいないのに「陽太! 帰るわよ!」なんて言って突撃してくるのに。
心の中に刺さったままの棘がズキズキと痛む。
けれど、さっきは正しいことをした自覚はあるし、引くわけにもいかないで、その日は生まれて初めて1人で家に帰ることにした。
下を向いて歩いていると、頬に水滴が伝った。
雨が、降り始めた。
家に着いたけど、全く落ち着かない。
ベッドに寝転んでみても、全く休まらない。
理由はわかっている、月亜のことが気になっているのだ。
……気になって、仕方ないのだ。
「母さん、月亜ん家から何か聞いてないー?」
「何も聞いてないわよー?」
「そっか……」
「今日は一緒に帰らなかったの? いつも一緒でしょ?」
「まあ、色々あって……」
「そうなの? 喧嘩なら、絶対その日のうちに仲直りしないとダメよ?」
母さんが、昔、親友と喧嘩別れをしてそのまま仲直りできずに死に別れしてしまった話を、僕は聞いている。
だから……その言葉には、僕の迷いを吹き飛ばせる重みがあった。
「分かった。とりあえず、家に電話かけてみて欲しい。謝りたい」
「じゃあ、電話かけてみるわね?」
「うん……お願い」
無事に帰っていてくれ……明日から、また一緒に登校してくれ……
そう願いながら、母さんの続きを待つ。
「うーん……やっぱり家にも帰っていないみたい」
「母さん、晩御飯の時間に間に合わなくても、いい?」
「もちろん! むしろ、ここで追えない子に育てた覚えはないわよ」
「うん。見つけて、仲直りしないと……」
僕は、夜の街に駆け出した。
走りながら、思考を巡らせる。
(大丈夫、月亜がどこに行ったかの想像は大体つく)
伊達に10年以上一緒にいないのだ。
雨の中、周りも見ずがむしゃらに走る。
(多分、いや絶対、月亜はあそこにいる……)
僕は休まず走り続けた。
「月亜! さっき、月亜の気持ちも考えずに言いすぎた。ごめん!」
やっぱり、いた。
そこは、僕たちが出会った公園のブランコだった。
なんの変哲もない、ブランコ。それを小さい頃の僕らは一緒にこいで、そこから仲良くなったのだ。
そこまで考えると、月亜を見つけた安心と、ここまで走ってきた疲れがぐちゃぐちゃに混ざって、体がそのまま倒れようとする。
しかし、それは精神力で無理やり立て直す。まだやるべきことは終わっていない。
月亜は恐る恐ると言った様子で振り返って、
「わたしは……陽太のためを思って……と、友達を、作ってあげようと、して……」
「うん、考えたら分かったよ。優しい月亜が無理に人を従わせるような真似するわけないって。僕の考えが足らなかった、ごめん」
「や、優しい……? こんな、人に迷惑をかけるわがままなわたしが?」
「月亜は誰よりも優しいけど、ちょっと不器用だからそうなっちゃうだけだよ。僕は、そう言うところも含めて月亜だと思ってるから」
「…………」
「それで、人には向き不向きってのがあると思ってて、僕は多分、集団に向いてない人間なんだ。だから、無理に友達を作ろうと思わない。だから、月亜も僕のために無理しなくていいんだよ」
「そう、なの?」
「僕の器では1人と関わるのが精一杯……というか、それが一番幸せなんだ」
「本当……? それでいいの……?」
「うん、友達は月亜1人でいい。むしろ十分すぎるくらい」
「うん……」
「…………それと、月亜にはもっと自分を大事にしてほしい……色々言ったけど、これが一番本心」
そのまましばらく見つめあっていたけど、月亜の表情はしだいにどんどん崩れていって、
「ごめんなざいぃ……暴走しちゃってごめんなざいぃぃ……」
「僕じゃなくて、魅了しちゃった人に言わないとね。明日、一緒に謝ろう?」
「うん……うん…………」
月亜は、しばらく僕の胸で泣いた。
時折励ますように背中を軽くぽんぽんと、優しく叩いやる。
恥ずかしそうに、くすぐったそうに身を震わせていたけど、嫌な顔はしていなかった。
しばらくして、泣くのをやめた月亜は僕の元から離れていった。
少し名残惜しく思う気持ちを噛み殺して、その優しい後ろ姿を眺めていると、月亜は唐突にバッと振り返って、
「魅力!」
「…………」
「もう! 何で効かないのよっ!」
そう、宣言した。
月亜の顔は立ち直れたのかどこか嬉しそうで。
僕も、つられて頬が緩んだ。
いつものやり取りをすることで、また最初からやり直してほしいという月亜の願いだろう。
「だけど、魅了が効かないのだけは変わらず謎ね」
「……まあ、僕は何でチャームが効かないか知ってるんだけどね」
「えっ? 本当に!?」
「実はね。教えないけど」
「え〜! 教えてよ! じゃなくて、教えなさい!」
「また今度、気が向いたらね」
「今すぐがいいの〜!!」
月亜は可愛くむくれている。
だけど、言えるわけないじゃないか。
とうの昔に君の魅力に落とされているから、魅了なんか効くわけない、なんて。
告白は、もっとムードのあるところでしたいし。
……そういやさっき、ちょっと場のノリで告白っぽいことしちゃったけど、友達って言ったしバレてないよね?
「こうなったら……魅力!」
「だから、効かないよ」
「で〜も〜、気〜に〜な〜る〜!」
「まあまあ、落ち着いて」
「気になるの!」
「うーん、いつか理由を話すから、じゃダメ?」
「いつか……とりあえず、今はそれで我慢してあげる。そのかわり、絶対よ!」
「分かった、約束するよ」
「んっ!」
そうして突き出された小指に自分の小指を絡めて誓いを立てる。
いつか、そう遠くない未来に、勇気を出して、彼女の魅了が効かない理由を話して、きちんと"好き"と告白をしよう。
そして今度は……薬指に誓いを刻むのだ。
たっぷり時間をかけて「「ゆびきりげんまん」」と言った後、指を離そうとして……やめた。
勇気を出してそのままさらに深く手を握る。
すると、月亜も握り返してくれた。
恥ずかしくて横顔が見れないから、つとめて前を向いて言う。
「じゃあ、もう遅いし、帰ろっか」
「うんっ!」
そうして、2人の影は1つになって歩いて行った。
向かう先はまだ見えないけど、きっと、誰よりも想い合う2人には、幸せな未来が待っているのだと信じて。
空は、いつのまにか晴れていた。
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