先生の魔法
ナターシャの後ろでグリフォンを操っていた騎士の身体が力なく倒れ、グリフォンから落ちた。その騎士の胸を貫いた怪物─『紫雷の魔神』は爪から鮮血を滴らせている。
確かにソレが騎士に体を貫かれて消滅していくのをナターシャは見ていた。あの時近くに他の『紫雷の魔神』はいなかったため、別の個体による奇襲という訳ではない。ただーー
「核は胸にあるんじゃなかったの?」
突如として『紫雷の魔神』がうしろに現れた上、操縦者を失ったグリフォンは空中で体勢を崩した。二人と1頭は民家の上へと落ちるが、グリフォンが下に入り込んだためナターシャは即死を免れた。
しかし、『紫雷の魔神』に胸を貫かれたフォレスティア森調騎士─アレグラス・ローレイフの胸部は鎧が砕かれて、命の脈動を支える肋骨が見えている。そして直ぐ様、ナターシャの足下には血の池がジワァと広がった。
「ああ……」
大破した民家の屋根から悠々と空に浮かんでいる『紫雷の魔神』がナターシャの青い瞳に映った。
一体だけでこんなに手こずるなんて。もうおしまいね。
『紫雷の魔神』から止めの電撃がナターシャの落ちた民間に降り注いだ。
ナターシャは腕の中で横たわっているアレグラスを抱き締めることしか出来ない。
結局私の人生、流されるだけだったな。
ナターシャは静かに目を閉じた。
耳を裂くような雷の音が聞こえる。
しかし何時まで経っても覚悟した死はやって来なかった。
「え?」
恐る恐る目を開くと紫の電撃は霧散しており、目の前に佇んでいた『紫雷の魔神』は核だけを残してその巨体が消滅していた。
その人は目の前にふわりと降り立った。
美しく流れる金色の髪に綺麗な碧い瞳。そして、人間よりも長く尖った耳。
かつての先生を彷彿とさせる特徴を持ったその人は私に優しく微笑んだ。
「先生?」
そんな筈はない。先生は何年も前に亡くなった。それなら目の前のこの人は……
「リーフィリアさん?」
ある日、ラムルスの町へやって来たエルフ。数日間ナターシャの屋敷に住んでもらったエルフ。
「どうして?」
リーフィリアさんと一緒にやって来た銀髪の少年─アテリー君。あの子には酷いことをしてしまった。
一度目はリーフィリアさんとアテリー君に睡眠薬入りの紅茶を振る舞った。
二度目は魔法部隊の入隊試験を受けると言ったアテリー君に危害を加えてしまった。
リーフィリアさんは私の屋敷に滞在するにあたって、次に何かあったら問答無用で出ていくと言っていたし実際その通りにいなくなってしまった。
有言実行で意思の固い女性。
いくら先生に似ていると言っても、先生とは別人なのは分かってる。
それなら、どうして私を助けてくれるの?
「私はただ貴女のお節介を頼まれただけよ。」
その人─リーフィリアは森の妖精にも勝る声でナターシャの疑問に答えると、私の腕の中で動かないまま血を流す瀕死のフォレスティア森調騎士─アレグラスを見た。
「これを食べさせて。」
リーフィリアは何もない場所から木の実を取り出すとナターシャに渡した。黄色のような緑色のような不思議な色の木の実。前に閲覧した幻種図鑑の中で見たような気がする。
ナターシャは受け取った木の実を土魔法で磨り潰して液体にすると、横たわるアレグラスの口に流し込んだ。
すると、あれだけ酷かったアレグラスの胸の傷が塞がって顔色もよくなり呼吸も安定し始めた。
「す、すごい!!」
木の実を渡した当人であるリーフィリアは空に浮かぶ紫の核を見ていた。
その紫の核を中心に『紫雷の魔神』は少しずつ身体を再生している。
「核だけになっても再生するなんて……」
魔物は核を砕かれるか、核を取り出されると死ぬ。魔物の常識を覆す目の前の光景にナターシャは絶句した。
「あの核には人が入ってる」
「え?」
ナターシャの耳に森のせせらぎのような声が届いた。
「だから核を砕くと中の人間も死ぬ」
なぜ?どうしてそんなことを知っているの?そんな疑問は心地よいその声を聞くだけで霧散し、そうなんだと納得する。
リーフィリアさんにあの化け物を倒してと言うことは、人を殺してと言うようなもの。それを理解したナターシャはリーフィリアに何も言えなかった。
「なら、核を砕かずにアレを倒せばいい」
リーフィリアがそっと手のひらを『紫雷の魔神』に向けた。
「今の私ならそれが出来る」
次の瞬間、『紫雷の魔神』が核ごと消えて中にいたという人間が落ちてきた。
「その魔法って!?」
「このやり方なら誰も死なない」
リーフィリアはドヤ顔でこっちを向いてきたが、それよりもナターシャにはリーフィリアが使ったその魔法にとてつもない既視感があった。
「ここまで来たついでに他の奴らも片付けてくるわ。」
そう言うとリーフィリアはナターシャの目の前から飛んでいった。
あの魔法は……かつてオリビア先生が使っていた魔法と同じ魔法。
その魔法とは……概念を消滅させる魔法。
確かに概念すら消すあの力ならあんな化け物を消すことくらい造作もないだろう。
それでも……
「どうしてリーフィリアさんがその魔法を……?」
近くにいるのは気を失った騎士とグリフォン。その呟きに答える者は誰もいなかった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
ふはははははは!!ついにチートで無双する時が来た!!町を占拠している無数の悪魔共には、このおれのチートの踏み台となってもらおう。
<<力を見せびらかすのが好きなんですか?なんだかんだで人助けをするのはいいことです(^o^)>>
物を潰して消滅させる魔法の派生である概念消滅の力を手に入れてから、おれの脳内で頻繁に話し掛けてくる同居人ができた。
<<同居人ではなく聖霊ですよ~今も貴女のうしろにいます~(^o^)>>
振り返ってみるが誰もいない。霊感とかないから分からないけど背後霊のようなものだろうか?ちなみにこの声はおれにしか聞こえない。
それにしてもここがあのラムルスの町か、数日前にいた町と同じ町にはとても思えない。
町の半分には巨大な爆発跡があり、そうでない場所にも至るところに火災の跡があった。
<<本当に酷いことをします。この辺りの魔力の流れがめちゃくちゃです( ノД`)…>>
魔力の流れがめちゃくちゃだとどうなるの?
<<それはもう生き物がほとんど住めないグランドマウンテンの環境に近づいていきます( ̄^ ̄)>>
グランドマウンテン?おっと、有象無象の悪魔共が襲い掛かって来たな。先ほど悪魔の一匹を人に戻したのが見られていたらしい。
物を消滅させる消滅魔法とは異なり、この魔法は空間に作用する。そして、その空間の概念を好き勝手にいじくることが出来るのだ。魔力保有量によって好き勝手できる空間の大きさが変わるらしいが、おれに宿る莫大な魔力があればこの町くらいは余裕で囲える。
つまり、おれは限定的にではあるがその空間の王様になれるのだ。だから有象無象ではおれの相手にはならない!!
襲い来る無数の悪魔達、しかしここら一帯はおれが支配している空間。だから、おれが『悪魔達いなくなれ~!!』って念じれば悪魔は消えて中の人が出てくる。
この概念消滅を教えてくれたのはオリビアってエルフだ。金髪碧眼のおれとそっくりなエルフで、なんでもおれと同じ魔法の力を持っていた前任者だったらしい。
おれに継承されていた魔法の中から、『戦争』『フォレスティア森調王国』という言葉の弾みでオリビアの記憶が飛び出したようだ。今はもう会えないがアテリー達と分かれる前は確かに目の前にいた。
そして、目の前に現れたオリビアは得意だった魔法を教えるから教え子というか家族みたいな子を助けてほしいと言ってきた。
新しい魔法に興味があったおれは魔法を教えてもらう代わりに、オリビアの教え子─ナターシャを助けることにしたのだ。
悪魔から解放されて、ぼとぼとと落ちていく無数の人間達。
着ぐるみの一種かと思ったが頭の中の同居人曰く、核に人間が吸収されているとのこと。
人がゴミのようだ(笑)。しかし、見たこともない軍服を着ているから余所から来た人達だろう。
取り敢えず即死しないように魔法でゆっくりと着地させた。
<<人をゴミとか言い出すからどうしようかと思いましたけど、ちゃんと助けてあげるようで安心しました~(^o^)>>
やはり、この脳内同居人にはおれの考えていることが筒抜けみたいだ。君いつ出ていくの?おれのプライバシーがないんだけど。
手下を一掃された悪魔の親玉が近づいてきた。あいつを消せば終わりだな。
おれは紫の炎を纏っている巨大な悪魔と向かい合った。
感想や評価待ってます
モチベーションが上がるのでよろしくお願いします




