黒雲
空は黒雲に包まれていた。
その黒い雲から降り注ぐ雨に当たったラムルスの町の住人は身体を痙攣させて地面に倒れるが、雨は容赦なく降り注ぐ。動けなくなった所に、更なる雨を浴びて身体が燃えた。
家の中に入れば安心というわけでもない。
雨は町の木々を焼いて、家を燃やした。町では既に至るところで火災が発生している。雨に当たっても、火は収まる所か更に激しさを増すばかりだ。
町の北門には避難しようとする住人が押し寄せており、我先に馬車へと乗り込もうとしていた。
人を押し退けてまで馬車に乗り込もうとする男。
嘆く女。
親を探す子供。
事前に知らされていれば、もう少し冷静になれたはずだ。しかし、知らされる間もなく奴らが襲撃してきた。
グランディア聖盾騎士帝国。今までは龍が居たために突破不可能とされていたフェイル森林地帯、及びフェイル神龍湖。しかし、新兵器である魔導生体戦車はその魔群帯を難なく突破してみせた。
住人がこぞって、逃げ出そうと集まっている北門。その正反対に位置する南門では、今まさに聖獣グリフォンに乗ったフォレスティア森調騎士が、この惨劇を生み出した魔導生体戦車へ攻撃を仕掛けていた。
「あなたも行くの?」
魔法部隊長であるナターシャが一人の騎士に声をかける。
その騎士─アレグラス・ローレイフは、ナターシャが貴族だった頃、社交界で出会った所謂幼なじみのような関係だった男だ。戦争が始まる前、ナターシャに想いを告げた男でもある。
「ああ、騎士としてアレは退けなければならない。そして、君の返事を聞くためにもね。」
騎士─アレグラス・ローレイフはグリフォンを飛ばした。
「気をつけて……。」
ナターシャは雨に打たれるも、その背中を見て彼の無事を祈った。
「「「ピィィィィーー!!」」」
鋭い雄叫びを上げたグリフォンが緑の鎧を身に纏う騎士を乗せて、グランディア聖盾騎士帝国の魔導生体戦車に突撃する。
地面を陥没させるほどの尽力を持つグリフォンの前足が魔導生体戦車の上部を叩き付けた。その威力は突風を巻き起こすほどで、重厚な魔導生体戦車を押し戻す。
ブォォォーン
だが再び、魔導生体戦車の開いた前方に紫の光が集まり始めた。
「またあれをやる気か!?撃たせるな!!攻撃を続けるぞ!!」
しかし、騎士を乗せたグリフォンは50組ほどで、魔導生体戦車はその倍の100機はある。残り半数の魔導生体戦車は依然として無傷のままだ。
「はぁぁぁ!!」
騎士のハルバードが魔導生体戦車の光を穿つ。魔力を纏ったその一撃は、紫の光を沈黙させた。
それを見た他の騎士達が、各々の武器で魔導生体戦車の前方に集まる光を攻撃する。これにより、禍々しい光の半分が消えた。
しかし、もう半分は止まらない。再び、光がラムルスの町へと放たれる………。
「しょうがないさね。」
寸前、城壁の上に立つ一人のエルフが地面に何かを投げ捨てた。空中で、それの蓋が外れて中の液体がこぼれる。
地面にその液体が付着すると同時に、魔導生体戦車が地面の中へと沈んでいった。
直後、地中から大爆発が起こって土が巻き上がり、大地が抉れる。
地中で光を放った魔導生体戦車が再び姿を現すが、更に地面の下へと沈んでいった。
「これは何ですか?」
「ただ、土を水っぽくする魔法薬さね。」
城壁の上から様子を眺めているメイド服を着た少女─セリアが尋ねると、隣に立つエルフ─フィオナが質問に答える。続いてセリアは更なる疑問を投げ掛けた。
「この雨に触れた人は大変なことになってますけど、どうして私たちはあまり大変なことにならないんですか?」
セリアが降り注ぐ雨に触りながら尋ねる。
「この雨は魔法の一種。だから魔法抵抗力が弱い人だと色々大変になるさね。」
「魔法抵抗力?」
「まあ……魔法が使える人ほど、魔法は効きにくくなるってことさね。」
フィオナが眼鏡を拭きながら、地の底へと落ちていく魔導生体戦車を見つめる。
「それも限度があるから、さっきの光を浴びたら如何に魔法が得意という人でも骨すら残らないだろうね。」
「そう言えば、最初の攻撃は上に逸れてましたけど、どうしてですか?」
初めて放たれた紫の光を思い出したセリアが聞く。
「私の弟子、グラヴォリカの魔法さね。」
フィオナは城壁の上で座り込んでいるグラヴォリカを見た。
「あの子の魔法は特異魔法。重力を操る魔法さね。」
「……重力。」
「そう。でも魔力には限界があるから、さっきの規模の攻撃を防ぐ魔法はしばらく使えないだろうね。」
▽▲▽▲▽▲▽▲
フェイル神龍湖に構えられたグランディア聖盾騎士帝国軍本部の仮設テントで、腰の曲がったじいさんが立体モニターに映し出される映像を見ながら驚きの声を上げていた。
「ひょーーー!!あの砲撃をそんな方法で防ぐとは、やつらも中々やりおるではないか。」
このじいさんはグランディア聖盾騎士帝国で魔導生体戦車を含む数多くの魔法道具を開発してきた博士だ。
「しかし、なぜ途中で魔導生体戦車による攻撃が約半数中断してしまったのですか?」
誰かが疑問を博士に投げ掛ける。
「おそらく、チャージ途中の魔術弾が攻撃によって損傷し、溜めていた魔力が霧散してしまったんじゃろうのう。」
博士が揚々と説明した。
「やはりチャージ中、無防備になるのが欠点じゃなぁ。改良の余地がありそうじゃ。」
そう言うと、博士は次なる策を提案する。
「指揮官殿。あそこまで沈んでしまえば、あの砲撃では効果が薄い。次の主砲を解放するんじゃあ。」
『指揮官殿』と呼ばれたグランディア聖盾騎士帝国軍指揮官─アルバードが開発した博士に尋ねた。
「あれは流石に威力が高すぎるのでは?」
「このままでは、戦車はどんどん地の底へ沈んでいくぞい。土を吹き飛ばすには次の主砲が妥当じゃよ。」
それを聞いたアルバードは渋々、連絡石による指令を下す。
「第二連結主砲解放!!魔術圧縮弾を放て!!」
▲▽▲▽▲▽▲▽
グリフォンに跨がるフォレスティア森調騎士団長─アムルトス・パールピアが城壁を見上げて呟く。
「あのエルフの婦人が沈めてくれたのか。」
アムルトスは先程までグリフォンと共に攻撃を仕掛けていた黒い塊─魔導生体戦車が全て沈んだ理由を推察した。
人にあれほどの所業をすることは難しい。
なんにせよ、一先ず脅威は去ったと考えるべきか………。
ドガァァーーーン!!
壁の上を見上げると、大量の土と共に町が吹き飛んでいた。
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