引きこもりのエルフ
石造りの露天風呂。とてもいいお湯だった。
おれは宿屋のエルフ─トリシアとのお茶会を終えた後、入浴することにした。
その露天風呂から見える星樹セレモニア。この王都に根を張る、その巨大な樹木は今いる宿からとても離れているのに、あまりの大きさですぐ近くにあるような錯覚さえ覚える。
星樹セレモニアの頂点から広がる枝葉は王都全体を覆っているのではないかと感じてしまうくらいだ。
そして、その遥か遠くにあるであろう枝葉はキラキラと光っている。まるで星を実らせているかのようだ。
聞いた話によると、星樹セレモニアに近づけるのはエルフだけだそうだ。フォレスティア森調王国の王族でさえ近づくことは出来ない。星樹セレモニアの周りには結界のようなものが張られているため、エルフでない者が近づくと森で迷い、気付いたら元の場所に戻されるという。王族とはいえ人間である以上は森で迷ってしまうのだろう。
この国にある勇者とエルフのおとぎ話。
それによると今の王族はその勇者とエルフの子孫であるらしいから、エルフの血は流れているのだろう。しかし、王族は人間であるようだ。ハーフエルフといったものは産まれてこない。
人間と交わった以上、産まれてくるのは人間となる。
フォレスティア森調王国の王族はエルフと結ばれる事が多いようだが、その子供は人間なのだ。
そして、人間と交わったエルフはみんな星樹セレモニアに引きこもるようになる。
エルフは人間と比べて長寿な存在だ。だから子供が先に天命を全うするのは珍しくない。
それでも、子孫を見守る事を止めて星樹セレモニアに引きこもることを選ぶのはよくわからない。
人間と所帯を持ったエルフにしかわからないのだろうか。
だからエルフたちはこの国の政治に口出ししない。全て人間である子孫たちに任せているのだ。
王に限らず、王に使える大公、公爵、侯爵といった役職に就いている貴族たちも、その当主は人間である。エルフは特に口出ししないし、個人差はあるものの星樹セレモニアに引きこもる。
そんな星樹セレモニアだが、エルフである以上おれも行けるのかな?中身日本人だけど、ガワはエルフだから行けそう。
浴衣に着替えたおれは部屋に戻って休む。
窓から吹いてくる風が心地いい。
金は色々あって大量にあるから、しばらくは王都をぶらぶらしてよう。
それにしても、アテリー遅いな。
おれが湖の森から出た時に助けた、銀髪の少年─アテリー。なんだかんだあって、この王都セレモニアまで一緒に来た。
そういえば何も言わずに飛び出したラムルスの町の人たちは元気だろうか?心配かけてしまったかな?今度手紙でも書いてみようかな……
ガチャ
部屋の扉が開く音がした。アテリーが帰ってきたようだ。
おれは扉の方を見る。
そこには案の定アテリーが立っていた。
「お帰りアテリー。」
「……はい。」
「魔法を見てくれた人はどうだった?」
おれはアテリーを横目で見ながら尋ねる。
「……………。」
アテリーは何も答えない。
「どうしたの?」
おれは窓の縁に手を置きながらアテリーの方を向く。
「………へ?」
アテリーは血のように真っ赤な瞳を輝かせて、おれに迫ってきた。
────────────────────────
王都セレモニアを囲っている城壁は人工のものではない。木々が複雑に絡み合って出来ている壁なのだ。
翌朝─そんな城壁の門の前に、緑を基調とした鎧を身に付けている集団がいた。
人々が活動し始める時間帯であるため、その集団を見に来ている人は多い。彼らは皆、その集団に羨望の眼差しを向けている。
この国を守る衛兵。その頂点に立つ者達。
フォレスティア森調騎士団。
この国で秀でた能力を有する彼らは、国を守る最高戦力にして精鋭─騎士を名乗ることが許されている。
この国に住んでいてフォレスティア森調騎士に憧れを抱かない者は居ない。
そして、騎士が動くということは、騎士が動かなくてはならない事案が発生したということでもある。
先日、発生したヴァンパイアによるラムルスの町襲撃。その事態の確認と収拾に騎士団が派遣されることになったのだ。
だが、それは表向きの話。本命は………
「フェイル神龍湖を制圧したグランディア聖盾騎士帝国軍の侵略に対処するためだと?」
「ああ、そうとしか考えられない。」
そんな会話が騎士団の中で繰り広げられていた。
「確かにヴァンパイアが出たくらいで、騎士のほとんどが駆り出されるのは妙だと思ったけどねぇ。」
「それに、あの町には私の師匠が住んでいるんですもの。ヴァンパイアなんて師匠が倒してるかもしれませんわ。」
「あぁ。確か君の師匠はエルフだったか。」
『それでは、ラムルスの町へ向け、出発する!!』
騎士団長の掛け声に会話がピタリと止んだ。
鷹の様な頭に、獅子の様な身体を持つ星獣グリフォンに乗った騎士団は神々しさで溢れている。
羽を広げた星獣グリフォンに跨がる騎士達は空を飛び、ラムルスの町へ向かって行った。
────────────────────────
「どうやら、このメダルはあの古代遺跡に眠る兵器を目覚めさせる鍵のようです。」
グランディア聖盾騎士帝国軍本部の仮説テントにて学者のような身なりをした男が報告している。
この学者のような男はグランディア聖盾騎士帝国軍の魔術解析技術班に所属する男だ。
なぜ自分がこんな前線に駆り出されなくてはならないのかと不満を持っていたが、先日渡されたメダルを見た瞬間にそんな感情はふっとんだ。
「これ一つで、その古代兵器とやらを起動することが出来るのかい?」
魔術解析技術班の男に尋ねるのはグランディア聖盾騎士帝国軍指揮官─アルバードだ。
例の古代遺跡の安全が確保された後、魔術解析技術班はひっきりなしに、遺跡へと籠っていた。
「いいえ。対となるもう一枚のメダルが必要になります。」
だから古代遺跡の調査はだいぶ進んでいた。
「それで?対のメダルはどこにあるんだい?」
「それは分かりません。遺跡にあるのか、誰かが既に持ち出したのか……。」
「そうか……。分かった。引き続き遺跡の調査を進めてくれ。」
「了解しました。」
そう言うと、魔術解析技術班の男は出ていった。
「対のメダル……か。」
「報告します!!」
本部の仮説テントに一人の兵士が入ってきた。
「どうした?」
「フォレスティア森調王国に潜入していた諜報部の者が帰還致しました。」
「何かあったのかい?」
諜報部が帰還したことは喜ばしいが、わざわざ報告せずとも内容は書類で確認すればいいと考えているアルバードは今の報告に違和感を覚えたのだ。
「帰還したのは諜報部のイザベラです。」
「へぇ、彼女が。」
アルバードはそのイザベラという諜報部の者と面識があったため、彼女の実力の高さは知っている。
「そのイザベラですが、瀕死の重症で帰還しました!!」
「あのイザベラが……。治療班は向かわせているんだよね。」
「はい。」
「どんな容態か確認しに行く。案内してくれ。」
「分かりました。」
アルバードはその兵士に続いて本部を出た。
「イザベラと言えば、あの諜報部で五本の指に入る実力者だ。」
本部に残っていた男が呟いた。
「あの女が重症を負うなんてよっぽどね。」
驚くように言うのは燃えるような赤い髪を持つ女。
「一体、どこに潜入していたの?」
赤い髪を持つ女が男に尋ねる。
「少し待て……。」
そう言うと、男─グランディア聖盾騎士帝国軍指揮官補佐─ギーゼルは資料から必要な情報を探す。
「これだ。フォレスティア森調王国、その辺境─ラムルスの町……だな。」
「イザベラ!!」
グランディア聖盾騎士帝国軍指揮官─アルバードは医務室に入るなり、その女の名前を呼んだ。
身体を包帯で巻いており、美しかった紫の髪は所々焦げている。
「まさか、あなたにこんな失態を晒すなんてね……。」
「そんなことはいい。一体何があった?」
意識は安定していると見たアルバードはベッドに寝ている諜報部の女─イザベラへと尋ねる。
イザベラはこうなった経緯を詳細に語り始めた。
「なるほど……数年前に出没していたヴァンパイアか。」
「確証はないけどね。」
「しかし、そんな奴に出くわして、よく生きていたな。」
「流石に死んだと思ったけど、『防魔のコート』を着ていたお陰で助かったわ。あれがなかったら骨も残らなかったでしょうね。」
イザベラは顔を痛々しく歪めながら言う。今思い出しても凄まじい威力の火球だった。
「俺としては、そのヴァンパイアも気になるが、それ以上にお前の潜伏を見破ったリーフィリアという者の方が気になるな。」
「なんでバレたのか未だに分からないわ。ただ、そのリーフィリアは最近森から出てきたって言ってたわよ。」
「森……。」
「もしかしたら、そのリーフィリアが出てきた森って言うのがこのフェイル神龍湖で、龍がいなくなった原因もその子……かもね。」
「………。」
「疲れたわ……もう寝かせて。」
そう言うとイザベラは焦げ付いた紫の髪を手で払い、寝返りを打った。
「イザベラはどうだった?」
本部のテントに帰ってきたアルバードに声がかかった。グランディア聖盾騎士帝国軍指揮官補佐─ギーゼルだ。
「命に別状はなさそうだ。」
「……そうか。」
「それよりも、今後の方針が決まったよ。」
「方針?」
ギーゼルがアルバードに聞き返した。
「ああ。」
アルバードはギーゼルを見ながら答える。
「次はフォレスティア森調王国へ攻め込む!!」
感想や評価待ってます
モチベーションが上がるのでよろしくお願いします




