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掌編小説

追想

作者: タマネギ

あの本間英男と初めて会ったのは、

高校一年の秋、生徒会の実行委員として、

文化祭の準備をしていたときだった。


その頃の私は、どちらかというと、

引っ込み思案で、人の前に出ることが

大の苦手だった。

文化祭の実行委員になったというのも、

その性格が災いしてのことだった。


クラスから数名ずつ、実行委員を

選出しなければならなかった時に、

要領のいい連中が、申し合わせて、

私のような大人しい生徒に、

その役を押し付けたのだ。


私は、自分には無理だと言ってみたが、

担任も、せっかくの機会だからと、

その決定に従うよう、促した。


私はどうしていいかわからず、

不安な数日を過ごしたが、

最初の実行委員会の時に、

その不安は、消え去ることになった。


日が落ちるのが目に見えて早くなり、

新館校舎にある生徒会室には、

晩秋の夕日が差し込んでいた。

私はそこで、本間英男に逢った。


本間は、一学年上のクラスだった。

細面の顔に、柔らかそうな髪が垂れて、

笑ったときに目じりが下がる、

どちらかといえば、華奢で優しい容姿の

男子だった。


私は、本間の何気なく見える笑顔に、

それまで味わったことのない、安堵感を

覚えた。


その日、実行委員会が進んでいく中で、

本間は、いくつかの案を出し、

その案が採用されると、

嬉しそうに頷いていた。


ともすれば、粗雑で面倒なことを嫌がる

男子生徒の中に、

本間のような、人間がいることを、

私は、生まれて初めて知った。


本間は、それから、いろいろな企画を

考え出しながらも、

交通事故で、休学することになった、

生徒会長に代わって、文化祭の開催の挨拶も

やってのけることとなった。


爽やかな笑顔を見せながら、

仲間に指示を与える姿が凛々しくて、

私は、高校生活の三年間、

本間のことばかり考えて、

過ごすことになった。


けれど、私にはその思いを伝えることなど

出来なかった。


もともと引っ込み思案な性格だったし、

暮らしも貧しかった。

それが、自分を臆病にしていたのだ。

病弱だった私の父親は、

私が中学生の時に肺がんで死んだ。

母親は町の弁当屋と、

パン工場の夜勤に出ながら、

私を高校に通わせてくれたが、

質素な暮らし振りには変わりなく、

高校に通うだけでも苦労した。


私は、卒業の時、本間英男に憧れながらも、

どうにもならない現実に、

自分は自分だと割り切って

生きていこうとした。


私は、アルバイトをしながら勉強して、

今の広告代理店に勤めることになった。


本間英男のことは、

高校時代の、淡い恋の思い出と

なるはずだった。


もし彼に告白をして、

もし彼が私を見つめてくれたなら、

私の人生は変わっていたのだろうか。

そして、本間英男の人生も……



入社書類の中に、本間英夫という名があった。

感染症の影響で、職種によっては

人員整理があるのに、

別の職種では、人手不足が深刻だった。

そんな状況の中、中途採用への応募が、

あまりにも多くて、

珠美の所属する人事部は、連日、残業に

なっていた。


あの本間英夫だろうか……

珠美は履歴書の写真を見ながら、

二十年の年月を、しばし遡った。

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