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金髪碧眼、幼いながらも整った精悍な顔つきのまさに絵に描いた王子様。
えっと、この顔何処かで見たような?
あたしは軽く顎を上げる。
そうだ!
あたしが始めて攻略したキャラ。
あのイラストのイケメンを三次元にして若返らせたらまさに、これ!
名前は確か……
「ほら、ロレッタ。
ケネス王子様にもご挨拶を」
付き添ってくれていた父親が背後に寄り添いそっと囁く。
そう、ケネス王子!
「ロレッタ? 」
気がつくと父親があたしの顔を覗き込んでいた。
「あ、はい。
はじめまして、王子様。
ロレッタ・ポーリーヌ・スタリナールです」
さっき王様にした時のように十歳くらいの少年に向かい、ドレスを摘んで頭を下げる。
さすがというか、こういう時の動作、徹底的に仕込まれているらしくて、記憶には全くないんだけど、躯が自然に動く。
だから、失礼はなかったと思うんだけど、目の前の少年は戸惑ったように小首を傾げた。
「おい、おい、ロレッタ。
はじめましてはないだろう。
王子殿下の顔を忘れてしまったのか?
申し訳ございません。
初めての正式な謁見に少々緊張しているらしく…… 」
父親が慌てふためいた。
そっか、「はじめまして」じゃないんだ。
そういえば、この顔の男の子ともっと小さな時から時々遊んでいたような記憶が……
どうも、かろうじて物心がつき始めたこのちびっこの記憶より十七歳の前世の記憶の方が圧倒的に強くて、上書きされてしまった感がある。
前世のことは深く考えなくても当たり前のようにでてくるのに、ちびっこの記憶は昨日のことさえよく考えないと思い出せない。
えっと、このたびあたしが婚約者候補に推薦してもらった相手。
ケネス王子。
国王様の二番目の男の子でロレッタの五歳上。
……だったよね?
「蜂に刺されたんだって?
もう、大丈夫? 痛くはない? 」
さすがに王子様。
まだ十歳そこそこなのに、この気遣い!
「先日は、こちらからご招待申し上げたお茶会を急に中止にしてしまって申し訳ありませんでした。
おかげさまでこのとおり腫れもほとんど引きましたから」
父親が慌てて非礼を詫びている。
そうだった、一昨日の午後あたし主催のお茶会を開く予定になっていた。
そのためのお菓子を焼いていた途中であの事故をおこしたのだった。
当然お茶会どころじゃなくなって、やれ医者だ、薬だって大騒ぎになった。
「いえ、大丈夫です。
お詫びにといただいた焼き菓子、おいしかったですよ」
にっこりと、穏かな笑みを浮べてくれた。
「おいで、ロレッタ。
先日話していた、外国の小鳥、みせてあげるよ」
王座の置かれていた段から降りてくると、ケネス王子はあたしに手を差し出した。
「行っておいで、ロレッタ。
私はまだ国王陛下と少しお話があるからね。
済んだら迎えに行くよ。
それまで王子様にお相手してもらいなさい」
誘いに乗っていいものかと、父親の顔を見上げると、頷いてそう指示された。
「さあ、どうぞ。
君が来るって聞いて、母上が沢山作ってくれたんだよ」
サンルームみたいなガラス張りのお部屋で、鳥かごの中の淡い緑の小鳥が囀るのを見つめていると、ケネス王子が奥のテーブルに誘ってくれる。
上品な模様のティーセットに三段になったケーキスタンドには手の込んだ華やかなお菓子がのせられ、その隣にも焼き菓子と果物の盛り合わせ、生花が並ぶ。
さすが王子様のお茶のテーブル、華やかなことこの上ない。
「ほら、食べて」
王子自ら取り皿にケーキを取って勧めてくれる。
「じゃ、いただきます」
正直、おそおそこげたホットケーキを食べただけで、身支度に時間が掛かっちゃったものだから、お昼抜きだったのよね。
なので、タイムリーにお腹が空いてたあたしは遠慮なく出されたものを口に運ぶ。
う~ん。
おいしい。
まずはフルーツサンドなんだけど、クリームがこってり甘くってサンドされたフルーツの酸味とよく合う。
挟んだパンも普通なら少しパン臭いのが気になるんだけど、このパンはその匂いが全くなくてクリームやフルーツを邪魔しない。
と、つい、ぺろりと完食してしまった。
「ふふっ、おいしかった? 」
ケネス王子が優しい笑みを浮べる。
「ええ、とっても」
子供用なのかうっすい紅茶を飲んで口の中をさっぱりさせて頷く。
王子のお母さん。さすが、並み居る料理のライバルを押しのけて王妃になっただけのことはある。
手作りなんて思えない、まさに一流パティスリーの味。
これだとこの先も期待していいよね。
まだプレートの上に残った焼菓子が待ち遠しい。
「じゃ、僕のぶんもあげるよ」
そう言って手をつけていなかった自分のぶんもあたしの前に差し出した。
「あ、ありがとう」
いただけるものなら、ありがたくいただきます。
お腹が空いていたのもあるけど、断ったらなんだか申し訳ないような気がした。
たっぷりのクリームを沿えたスコーン。
チョコレートのブラウニー。
ベリーのジャムを挟んだマカロン。
カスタードプティング。
次々にお皿に乗せられるスイーツ達。
空腹も手伝って、最初こそおいしくいただいていましたが、さすがに五歳児の胃袋はたちまち限界に近付きました。
ご馳走様でした。
って、言いたいのに、あたしの前にはまだ、同じ物の乗った取り皿が並んでいる。
「どうしたの?
フォーク止まっているよ? 」
目の前に小さなブラウニーの乗った取り皿を置いて、紅茶のカップを傾けながらケネス王子が涼しい顔で首を傾げた。
「あの、もうお腹いっぱいで…… 」
こういう場合どうやって失礼にならないように、断ればいいんだろう?
ちびっこロレッタなら知っているのかも知れないけど、今のあたしじゃ無理。
「せっかく母上が君のためにって用意してくれたんだよ。
全部食べてくれるよね」
だけどケネス王子はあたしの言葉なんか耳に入らなかったかのようにスルーして、更に、にっこりと笑みを浮べて焼き菓子を差し出す。
ほとんど脅迫されているみたいでその笑顔怖いんですけど。
そのケネス王子は完全に余裕、だと思う。
だって躯が大きい上に、自分は小さなブラウニー一つ取り皿にとって飾ったきり、お茶を飲むだけで全然口に運んでいない。
全部、あたしに勧めてくる。
最初はなんて親切な人なんだぁ、って思ったんだけど。
なんか、びみょーに違う?
おまけに脅迫文句みたいな言葉。
パンも焼き菓子もジュレも全部二つづつ並んでいたから、これで二人ぶんなんだと思うんだけど、それを五歳児に全部食べろって言うの無理があるんじゃないのかなぁ?
さっき口に入れたプリンなんてもう飲み込むのがやっとで食道の辺りで止っている。
も、さすがに無理かも。
お茶で流し込もうにも、お茶の入るスペースさえもなさそう。
どうやって逃げるか考えるほうが身のためのように思えてきた。
「ロレッタ! 」
そう思ったところへタイムリーにも父親が顔を出す。
「お父さま! お話終わったの? 」
あたしは、助けを求めるつもりで椅子から飛び降りると、ドアの前に立つ父親に駆け寄った。
「お茶をご馳走になっていたのかい?
よかったね。
王妃様のお菓子がいただけるなんてこと、めったにない光栄だよ」
テーブルの上に目をやって父親は言う。
いえ、お父さま、光栄というより拷問に近いんですが。
そう言いつけたい。
「ありがとうございます、殿下。
では、私共はこれで失礼させていただきます」
父親は丁寧に頭を下げる。
「ごちそうさまでした、でんか」
それに倣って、あたしもちょこんと頭を下げた。
「ちょっと待って!
あたしの手をとった侯爵をケネス王子は引きとめた。
「せっかくのお菓子、ロレッタ、ほとんど食べなかったから。
これ、お土産に…… 」
その言葉に、控えていたメイドが手早く残ったスイーツを箱に詰めて差し出してくる。
「なんだ、ロレッタ。
残すなんて失礼だろう?
いただきなさい」
正直、もう限界なんですけど。
思いつつも口にはできずにその箱を受け取った。
ま、味は落ちるかも知れないけど、明日食べればいいよね?
「それでは、殿下、失礼いたします」
父親に手を引かれ、あたしはその部屋を後にした。