-2-
……はぁ。
なんとも子煩悩? 過保護? な父親なんだろう。
その背中を見送りながらあたしは息を吐く。
あたしのお父さんなんて、小さな時からあたしが寝ているうちに会社に行って寝てからでないと帰ってこなくて、日曜は今度は反対に寝てばかりだったんだけどな。
「ありがとうございました、お嬢様」
残ったメイドがあたしに頭を下げた?
「何が? 」
お礼を言われるようなことした憶えないんだけどな。
「旦那様から庇っていただいて」
「だって本当のことじゃない。
皆の言うこと聞かなかったわたしのせいだもの」
くぅぅうう……
布団に潜りなおそうとしたら、おなかが盛大な音を上げた。
「そういえば、もう夕方ですもの。
お嬢様、昨日蜂に刺されてからお食事なさっていませんものね」
くすりとメイドが笑みをこぼした。
「おなかも空きますよね。
お待ちください、今日は奥様が特別にお食事を作ってくださっていますから。
今お持ちしますね」
言い置いてメイドは出て行った。
冷たいジャガイモのスープに、トマトのコンソメゼリー寄せ。
デザートにはカスタードプリン。
蜂に刺されて口の中まで腫れているせいか味はイマイチよくわかんないけど、熱を持って腫れた舌にはひんやりつるんと飲み込みやすい。
食べる人のことを考え尽くしたお料理。
見た目もすっごく綺麗。
見たところこの家かなり裕福みたいだから、その奥方がめったに料理するはずないハズはないと思った。
正直あんまり期待していなかったけど、これはかなりの腕。
舌が麻痺しているのが惜しい。
「まぁ、お嬢様よくお食べになりましたね。
よかったですわ、お元気になられて」
思わずぺろりと平らげてしまった空の皿を目にメイドが安心したように息を吐く。
「明日からは、ご自分でお料理できそうで何よりですわ」
は?
その言葉にあたしは思いっきりクビを傾げた。
あたし、この躯から察するに五歳児だよね? よく目に見ても七歳になったばっかり。
少なくともその程度だと思うだけど、五歳児に料理させるの?
いや、このメイドの髪もピンクだし、そんなところから考えるとここ異世界だよね?
じゃ、この躯で既に十五歳とか、二十歳とか?
に、したら。さっきの父親の様子がヤケに子供扱いだったような?
「さぁさ、もう少し休んで下さいね」
メイドはあたしをベッドに押し込むと食器を片付けて出て行った。
もう、何がどうなっているんだか。
ちょっと、冷静に考えよう。
ざっと把握したところによると、以前のあたしは絶命したんだよね。
でもって、こっちに転生したんだろう。
ただ、何かの弾みで転生前の記憶が復活した。
……らしい。
まぁ、死んじゃったものはしょうがないし、料理上手の母親と、子煩悩な父親、貴族って言う裕福なだけじゃなくて地位もある家。
それなりにいいところに転生させてもらったらしいから、そこは突っ込まないでおくことにしよう。
「ふわぁ…… 」
腹を括ったらなんだか眠くなった。
意識は高校生だけど、躯は五歳児だもんね。
どうも脳の処理能力が限界みたい。
大あくびをして、あたしはそのまま眠り込んだ。
「……お嬢様、朝ですよ」
枕もとでそっと囁かれてあたしはゆっくりと目を開ける。
「えっと、ケイトだっけ」
起き上がりながら、どっと蘇った生前の記憶に押しやられ曖昧になってしまったらしい五歳児の記憶を手繰ってみる。
この転生前のあたしと同じ位の年齢の女の子はケイト。
お嬢様付きのメイドさんらしい。
「ほっぺの腫れ、大分引きましたね。
どうですか? 食事普通に食べられそうですか? 」
「うん、大丈夫よ」
着替えを手伝ってくれながら、訊いてくる問いにあたしは頷いた。
「それはよかったですわ。
では、キッチンに参りましょうね」
安心したような笑顔を浮べケイトは部屋のドアを開けてくれた。
習慣からかあたしの足はその邸の一角に向かう。
ケイトがやや先回りして開けてくれたドアの先にはこじんまりとしたキッチンがあった。
こじんまりというか、ミニチュアと言うか、五歳児にぴったりの高さの作業台に流し台。
それから食器棚に食料品棚。
ままごとみたいな大きさの厨房機器に本物の鍋や食器がつまっていた。
あのいかにも娘にメロメロっていう感じの父親、五歳児にこんなものまで作ってたんだ。
「昨夜、パン種仕込めませんでしたから、今日はホットケーキでも焼きますか? 」
あたしに訊きながら、ケイトはてぎわよくボールやフライパン、それから粉や卵を作業台に並べていく。
昨日の母親が作ったって言う凝った料理もおいしかったけど、焼きたてのホットケーキもシンプルでおいしいんだよね。
わくわくしながら邪魔にならないように作業代の反対側に回って座り頬杖をつく。
「お嬢様? 何をなさっているんですか? 」
ケイトがそのあたしを目に睫を瞬かせた。
「どうぞ、始めてくださいね」
作業代の中央を空けて言う。
「もしかして、わたしが作るの? 」
思わず目が点になった。
だって、今のあたし五歳児だよ?
それにみたところこのキッチンにはホットプレートどころかIHコンロもない。
じゃ、ガスコンロでもあるのかって言えばそれもなくて、あるのは薪のはぜるストーブみたいな、多分コンロと言うかオーブン、竈。
五歳児にこの危ないこと限りない直火で調理をさせようって?
嘘でしょう?
だけど、ケイトは当たり前のように頷く。
きっと今のあたしであるこの子、おしゃまにもお料理に興味津々なんだろうな?
それをあの親ばかみたいな父親が喜んで、おこちゃまサイズのキッチンまで作って与えたんだろう。
……金持ち恐るべし。
このままでは朝食にありつけそうにないから、仕方なくあたしは作業台の中央に向かう。
「えっと、ホットケーキミックスは? 」
ボールを目の前に記憶にある袋を探す。
だけど、見慣れた袋に入った粉なんてどこにもなくて。
「あのね、粉、どこ? 」
思わず聞いてしまった。
「何を仰っているんですか、お嬢様。
材料なら、そこに全部揃っていますよ」
ケイトが示す作業台の上には小麦粉や砂糖、卵にミルク等が並んでいる。
そっかぁ、ガスコンロがないこの設備で「混ぜて焼くだけ失敗なし! 」のお手軽ミックス粉なんてあるわけないってか。
「はぁ」
あたしは大げさにため息をついて見せたけど、ケイトは動く様子はなかった。