古書
ここに古い本がある。
本はこの異世界の人間には読めない文字で書かれている。
しかし、異世界転生者であればこの古書は簡単に読めるだろう。
なぜなら、この古書が日本語で書かれていたからだ。
異世界転生者はこの異世界に『凸版印刷』技術を伝えた。
それは異世界で一般的に使われている『東大陸語』て伝えられており、異世界転生者が異世界の文字を理解出来た事を示している。
なのに古書は日本語で書かれ、わざわざ手書きの文章で残されている。
それは古書に『異世界人には決して知られたくない内容』が記されているからだ。
古書は経年による劣化でいくつかに別れている。
その最初の30ページは『賢者』と呼ばれている気難しい薬屋が持っている。
書かれている内容を解読しようと古書を手に入れたようだ。
だが、解読作業は全く進んでいない。
進む訳がない。
日本語の言語体系は異世界のどの言語とも異なっており、いくら異世界の言語の知識があっても解読には繋がらないのだ。
僕は薬屋に立ち寄った時に、ぞんざいに置かれている古書を見つけた。
僕は古書をパラパラとめくり読んでみる。
「興味あんのかい?」薬屋の店主である女性・・・年齢不詳の『美女』が言う。
「いや、興味なかったんだけど、懐かしいね。
お爺ちゃんに教わった文字で書かれてる。」と僕。
「読めるのかい!?。」大声で薬屋が言う。
「そりゃまあ読めるよ、読めるから耳元で大声出さないでくれ!。」と耳を押さえながら僕が言う。
耳元で怒鳴られりゃ、そりゃ誰だって耳押さえるだろ。
「じゃあ、書かれている内容を私に教えてもらえるかい?。」と薬屋。
「別に良いけど、じゃあ、薬の代金まけてくれる?。」と僕は駄目元で言ってみた。
「わかったよ!。
じゃあ、今回の薬代はいらないよ。
その代わり、これ読んでもらうよ!。」と薬屋。
半額くらいになれば、余った金を小遣いに出来る。
でもタダになるとは思わなかった。
逆に少し怖くなってくる。
『好奇心はゴブリンを殺す』なんて諺もあるし。
僕が「何て答えようか?」悩んでいると、「ちょっと待て。
何でアンタはこの古書が読めるんだい?。
どこでこの文字を習ったんだい?。」と薬屋が言った。
「僕は離島育ちなんだ。
島の名前は『ミヤケ』。
僕は今、『ゴラン』家の下働きをしてるんだけど・・・兄弟が多いからね。
ある程度成長したら子供は離島を出て街で働かなきゃいけないんだよ。
『島』っていうのはさ、
僕のお爺ちゃんが仲間達と移り住んだ島なんだってさ。
島の名前はお爺ちゃんがつけたって言ってたよ。
お爺ちゃんは『ニホン』って国で生まれ育ったんだって。
どうやってここらへんに来たかは覚えてない・・・って言ってた。
島には学校とかなかったからさ、お爺ちゃんが読み書きを教えてくれたんだ。
その時に習ったのが『東大陸語』と『日本語』。
その文字はお爺ちゃんから習った『日本語』だよ。
うん、間違いない。」と僕。
「日本語・・・。」薬屋は口に出して言う。
口馴染みのない言葉だ。
全く聞いた事がない。
今でこそ世捨て人のような暮らしをしているが、昔は『賢者様』と言われ『皇国の知恵袋』などと言われたものだ。
なのに全く解読出来ない言語。
全く聞いた事のない言語。
それなのにこの少年は「読める」と事も無げに言う。
この時僕はお爺ちゃんに「あまり日本の話を誰にでもするな」と言われていたのを忘れていた。