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5. 雑用




 ここ数年、再生力が落ちている気がする。

 子供の頃は輪切りにされてもくっつければすぐに元に戻ったのだが、最近はどうも骨が上手く付かないようだ。先日の害獣駆除同行の際に折れた部位がまだ治っておらず、元々ただの人間程度の運動能力しかない私は、使えないと判断され「今日は任務には出さない」と言われた。


 はずなのだが。

 研究員から役立たず判定を受けたはずの私は何故か、医療棟の前で佇んでいた。


――あ、暇ならちょっと手伝いがあるんだけど。


 すぐ横で任務には出さないと言われた矢先に別の研究員から雑用を頼まれたのである。どうやら医療棟で注文していた備品を運ぶ予定だった運送屋が途中でレムレスに襲われて運送が滞っているらしい。運送屋の倉庫まで荷物を取りに行かなければならないので、積荷を手伝えということである。あまり重い物でなければいいのだが。


 私は倉庫の場所も分からないし車の運転ができないので、医療棟勤務の職員と一緒に行くことになっていた。

 初対面の人間は怖い。この間の女性職員やA-1042番のように気さくに話し掛けられると反応に困り胃が痛くなる。いや、A-1042番はキメラだからまだいい。問題は職員の方だ。キメラという人間に管理される側の存在の中でもさらに底辺である処分待ちの失敗作を人間のように扱うのは辞めてもらいたい。そんな扱いには慣れていないのだ。できればただの道具として扱ってほしい。

 もう既に緊張で胃が痛くなってきた。

 しゃがみ込んで俯いていると、研究所のロゴが入った白い車がこちらへ向かってきて目の前で停まった。

 それ程大きくはない。荷物は少ないようだ。安心して立ち上がると、車から職員が降りてきた。


「遅くなってすみません! 車の運転久しぶりで……」


 白い制服に身を包んだ若い女性だ。

 肩までくらいのふんわりとした髪は、色素が薄く太陽の光で元の色が分からないくらいに眩しい。

 あの女性職員――確か、アリカ・リナリアという名前だったか。

 まさかまた会ってしまうとは。

 私は再びうずくまった。


「え、あ……どうしました?」


 リナリア……リナリア、さん? が慌てて駆け寄ってくる。

 頼むからあまり近付かないでほしい。緊張のあまり吐き気がする上、動悸が激しくなる。私は若い女性が苦手なのだろうか。あまり見慣れないから余計に緊張するのだろうか。


「ごめんなさい、長らく外で待たせてしまって……具合が悪ければ無理しないでくださいね」


 彼女は私の隣にしゃがみ、首を傾げて顔を覗き込んできた。

 近い。


「……う…………ごめんなさい……」

「ん?」


 声が聞き取れなくて近づかれたのだろうが近い。前に会った時も近かった。

 状況に耐えられなくなりついに膝をついてしまった。

 すると彼女は私の背中をさすってきた。

 これは何の意図が。どういう……どういうことだ。


「……今日は、無理そうかな?」


 優しい声だった。

 子供に向けるような、優しい声。

 分かった。これは子供扱いされているのか。

 前にどこかで、何か、いつか、見たような、聞いたような。

 きっと私が歳下だから優しいのだ。この人は自分より下の存在にも優しい性格なのだろう。

 そういうことなのだと思うと少し気が楽になった。


「大丈夫です」


 聞こえているかは分からないが、そう言って立ち上がる。彼女1人に雑用をさせる訳にはいかない。


「……本当に?重いものとか、持てそうですか?」


 重い物があるのか。


「大丈夫です……」


 私は消え入りそうな声で呟いた。




「Z-0046番くん、まだ17歳だったんですね。顔が見えないから分からなくて……」

「…………」


 彼女は私を借りるにあたって、担当研究員から製造番号と性別、年齢だけ教えられていたらしい。まあ、それ以外に説明する情報が無いのだが。

 まさか再会するとは思わなかったらしい。私もそう思う。


 私は車の助手席なるものに生まれて初めて座っていた。

 研究所から居住区までの道は舗装されていて、どうやら橋のように高くなっているらしい。普段居住区の任務がある時は荷台に乗るので、初めてみる景色だ。


「天気が良くて気持ちいいですね」


 私があちこち見回しているのを見てか、彼女は楽しそうにそう言った。


「……はい」


 天気が良くて気持ちいい、がよく分からなかったが、彼女はきっといい気分なのだろう。私は遠くを眺めながら適当に返事をした。


 居住区はそこまで離れておらず、程なくして運送屋の倉庫に到着した。

 彼女は倉庫の駐車場に慎重に車を停めると、降りて私を手招きする。私も降りて後に続こうとしたが、ドアの開け方が分からなかった。これは押すのか。どこを押せばいいのか。首を傾げていると彼女が笑いながら外から開けてくれた。恥ずかしかった。


「ここを手前に引いてから押すんですよ」


 丁寧に教えてくれた。

 覚えておこう。


「さ、行きましょうか。重いものは少しありますが、荷物自体少ないですし台車を借りられるから大丈夫ですよ」


 台車があるのか。よかった。

 私は頷きながら後をついていった。


 言われた通り荷物は少なかった。

 普通の箱5つ、小さい箱が4つ、さらに小さい箱が6つか。とりあえず大きい物から運ぶべきだろう。私は奥にあった普通の箱に手をかけた。


「重いのがあるので気をつけてくださいね……どれだったかなぁ」

「………………」


 これだった。

 持ち上げようと力を入れた瞬間肋が、肋がとても痛い、もっと言うと肋以外も痛いのだが、まずい、これはまずい、大丈夫などと言った手前やっぱり無理だったとも言う訳にはいかない。冷や汗がどっと溢れてきた。重いとは言っても一般男性であれば持ち上げられる程度である。しかし女性には少しきついのではないだろうか。私が持つしかない。


「……どうしました?あ、もしかして」

「大丈夫です」


 今までで1番大きな声を出したかもしれない。聞こえているかは分からないが。

 台車をさり気なくギリギリまで寄せて呼吸を整える。息を止めて一気に持ち上げ、台車へ――


「…………」


 台車が……。

 台車に荷物がぶつかって私から離れていってしまった……。

 私はその場に崩れ落ちた。


「……あ、はは、うん、私もよくやっちゃいます……重かったんですよね?無理しないで一緒に持ちましょう」

「…………ごめんなさい……」


 今日は「大丈夫です」「はい」「ごめんなさい」しか言っていないような気がする。




「ふぅ……お疲れ様でした!」


 なんとか無事に荷物を積むことができた。

 あとは帰って医療棟に置いて、終わりだろう。今度こそやらかさないように気を付けたい。

 彼女はシートベルトを閉めると、何かを思い出したようにこちらを向いた。


「あ、そうだ、お昼はどうしますか?」


 私は一瞬何を言われたか理解できなかった。

 お昼?


「せっかくだから食べて行きますか?」


 ……お昼?


「お昼ごはん……」


 …………お昼ごはん。


「ごはん…………」

「…………」


 私はその時初めて彼女の顔をまともに見た気がした。

 何を言われたかは理解できなかった。



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