第3話 ジャックオーランタン
目を覚ますと、カボチャ顔のお化けが、ランタンでわたしを照らしてくれていた。
「ジャックオーランタン・・・狭間に生きるお化け・・・ほんとにいたのね。ねえ、ジャック。教えて。どうして照らしてくれているの?」
「・・・・・・」カボチャ顔のお化けは何も答えない。
「ねえ、ジャック。今は何時?」と、わたしは質問を変えてみる。
<10時です>と、脳に響く。魔王たちと違い、かわいい声だった。
「朝早く来ると言っていた奴隷商人たちは寝坊しているのかしら?」と、わたしは自室のカーテンを開けて、窓から外を見た。「お星様が出ているわ・・・・・・ねえ、もう一度時間を教えて」
<10時です>と、脳に響く。
「そう・・・。」わたしはジャックに照らしてもらって自室から出る。わたしの部屋は1階、兄は2階。
廊下が水で濡れている。わたしが昨日、歩いたあとだ。たしかに時間は経過している。
<<私の人形が2人ほどこちらに来ています>>と、魔王メフィストフェレスの声を聞く。
「人形?人形って何?」と、わたしは聞く。
<<下位契約者の事です、リズ様>>
「それって奴隷商人たちの事?そうよね」
<<分かりません。下位契約者です>>
「そう、そういう認識なのね・・・。じゃあ、ジャック。わたしの洋服ダンスを照らして」
ジャックは無言で動き、わたしの洋服ダンスを照らしてくれた。
わたしは両開きの扉を開けて、黒いイブニングドレスを取り出した。
「メフィストフェレス、この服に魔力を施して」
<<リズ様・・・ジャックを召喚したように”本棚”に何かを保存してください>>
「あー・・・ジャックは兄さんの分身・・・まあ、わかったわ。でも保存するモノなんてないわ。それは魂でなくてはならないのでしょう?」
<<下位契約者が2体近づいています>>
「んー。よくわかったわ。今度は左腕にして。わたしの推測が正しければ3人いるんだけど。1人増えても左腕だけでいいかしら?」
<<問題ありません。それではフェンリルに左腕を捧げるという事でよろしいですね>>
「いいわ。食べて」そうわたしが言うと大きな黒い狼の口がわたしの左腕を食べた。また蜘蛛があふれ出して行く。と、思ったら皮膚へ変化し、わたしの左腕は回復した。
「わたし、とうとう人間じゃなくなったのかしら」
<<われら下僕を従えている時点で人間では無いと推測します>>
「ジャック、行こ。」と、わたしは魔王メフィストフェレスの言葉を無視して玄関の方を向く。ジャックは慌てるという事も無く、わたしの前へ移動し、照らしてくれた。
「兄貴たち、まだ夜ですぜ。いいんですかい?」と、玄関から声がする。
「ジャック、止まって」ジャックはドアの壊れた玄関から入って来た3人の奴隷商人たちを照らしてくれている。
「昨日いた妹の方ですぜ。寝間着姿とはそそりませんか、兄貴たち」と、金髪の男はランタンを持ちながら言う。
「バル、逃げるぞ」と、頭にターバンを巻いた大男は言う。
「カールさん、バル・・・逃げてくだせぇ。あっしは影を喰われちまったみたいでして、ダメでさぁ」
「いや、逃げるって言われても、カールさんに、バヌスの兄貴、冗談でしょ。寝間着姿の小娘にビビっちまったんで」と、金髪の男、バルは言う。
「そうじゃない。お前には・・・見えないんだな。バル、見えなくてもジャックオーランタンぐらいは知ってるだろ?」と、頭にターバンを巻いた大男、カールは言う。
「そりゃあ、知ってますとも。ジャックオーランタンは冥府の使者、よき行いをした者の前にはランタンを持って現れ、悪しき行いの者には大鎌を持ってあら・・・」と、バルの首は消えた。まるで何かに食べられたかのように。バルのランタンが床に落ちる。ランタンも消えた。バルの倒れるはずの身体もフェンリルの大きなお口が飲み込んでいる。あれ、あんなに大きな黒い狼なのに見えないのかな。
<<見えません、リズ様。ほんとうに怖いモノは見えないモノです>>
「ねえ、メフィストフェレス。まだ足りない?」と、わたしはつぶやく。
<<全然足りません。ちゃんと魔力をこめますので。下位契約者2人必要です>>
「バヌス、どこかで聞いた声がしたけど、気のせいだよな」
「カールさん、あっしたちはもうダメでさぁ。カールさんも聞いた事あるでしょ?ありゃ、魔王城で聞いた声ですよ、カールさん」
「・・・そういうの思い出したくないんだよ・・・だからやめてくれよ。魔王メフィストフェレスが、どうしてここにいるんだよ、あともう1体はどこなんだよ」
「カールさん、宵闇のカーテンのことですかい。」
「ああ、そうだよ」
わたしは聞き流していた。ただ気になった言葉を「宵闇のカーテンって何?」口にしてみる。
<<魔王が2人揃うと、発生する現象です。ずっと夜が続きます。それから特別にわれの下位契約者であるそなたらにも教えてやろう。魔狼フェンリルがどこにいるか。影を解いてやる。好きに逃げろ>>
頭にターバンを巻いた大男、カールと緑の髪をしたバヌスは背を見せて逃げ出した。
「ちょっとメフィストフェレス」と、わたしは文句を言う。
<<ご安心をリズ様。壊れた玄関から外へ出てくださいませ>>
ジャックに目配せすると、<リズ、ついてくる>と、かわいい声を脳裏に響かせた。
わたしはジャックに照らしてもらって壊れた玄関をくぐり、外へ出た。
首が転がっている。バヌスとカールと呼ばれていた男たちの首が。
首の下は赤い血が流れている。
転がっていたと思いこんでいた首たちは浮かび上がる。
「殺してくだせぇ。どうかお慈悲を・・・」と、バヌスと呼ばれていた男の首は言う。
「お慈悲を。お慈悲を、お慈悲をぉおおおおおおおお」と、カールと呼ばれていた男の首は叫び出す。
<<リズ様、黒いイブニングドレスに魔力を施せました。首が余ったのでそのまま残してみました。ところでリズ様、呼べばいつでもドレスを着ることができますが、どうされます?>>
「そうね・・・今着るわ。この2つの首で黒いティアラとか作れるかしら」
<<ええ、いい御趣味です、リズ様。もちろん、作れますとも。ただメフィストフェレスである私を使用されるので両目をいただきます。それでもよろしいでしょうか>>
「いいわ。さあ、死を与えてあげて」首だけになった男たちの声が聞こえ続けている。わたしはそれを心地よいとは思わなかったが、嫌でもなかった。
男たちの首は消え、頭にティアラが。衣服は寝間着姿から黒いイブニングドレスへ。
靴はたまたま黒いヒールを履いていた。目が奪われたのか、黒い世界が広がる。それも一瞬。わたしの視界は元に戻る。
「ジャック、行こ」腰まであるわたしの黒髪は揺れた。風が吹いている。
坂道をゆっくりと下る。左横を見れば聳え立つ山々・・・今は夜なので黒い影が見えるだけ。それでもわたしにはそこに山があるとわかった。空を見上げると星たちが輝いている。ずっと夜。たしかに人間じゃないかもね。
いつの間にか坂を下りて、平な道になり、わたしの住んでいた街ベルナンドの終わりを知らせる門が見えて来た。夜だから誰にも出会わずに出れそう。門をくぐると、街に朝が訪れた。わたしの目の前と上の空は夜のままだ。<<下位契約者が接近しています>>
また厄介ごとが迫っている。わたしはジャックに目配せし、歩いた