第五章~事実と宿命(3)~
人と魔物は対立し続けてきた。自分達が生まれたその日から、それは変わらず繰り返され、勝った者が敗者を支配し、蔑み、奴隷のように働かせ、残虐の限りを尽くしたと言われる程……歴史の勝者が決まるたびに互いの溝を深めた。
互いに憎み、殺しあう。憎悪の感情しか持ち合わせない深い溝。
幸か不幸か、敗者には必ず救世主が現れる。それによって勝者と敗者は入れ替わり、時代を作ってきたのだ。
力による支配。力を持つ者だけが世界に君臨できる世界。
しかし、中には変わり者も存在した。憎悪を持たぬ者、逆に興味を惹かれる者、仲良くする者。
そして生まれたのが魔女。女しか産まれないという彼女達は漆黒の髪と漆黒の瞳を持ち、人間では持ち得ない魔力を持っていた。
人の形をしている彼女達を魔物は受け入れず、人は魔力を持つ彼女達を恐れた。いつの間にか、彼女達は魔物とも人とも関わらない中立の立場を守る存在となっていったのだ。
しかし、彼女達には先天性の予知能力が備わっていたため、人も魔物も彼女達の予言には恐れ、そして救世主の抹殺を図ろうと予言を我先に聞いた。
ラジウの母親も魔女の街で産まれ、そして長年に渡って生きてきた。外の世界に出たことなどない。魔女は魔力の力でいつまでも若々しい姿で生きることができる。だから、外の世界へ出る必要もなかったのだ。
来たのは、彼の方からだった。魔女の国に訪れた来訪者。堂々とした風格、それでいて優しげな目元と意志の強そうな青い瞳。硬質だろう金色の髪を靡かせて、彼は堂々と魔女の国へやってきたのだ。
彼の名はホーデュ・マイナー。どうやって来たのかはわからない。魔女の国に行き着く道順は常に変化しており、余程の意志が強くなければ来るのは無理だった。もしくは魔女に案内してもらう外ない。
けれど、彼は一人だった。物珍しげに、また少し警戒をして魔女達は彼を囲った。しかし、彼は怯む事もなく口を開いたのだ。
「私は予言を貰いに来た」
ただ静かにそう言った。その目的を言われたなら、魔女は応じなければならない。そういう昔からのルールがあった。中立の立場でいるが故の、両方への情報提供。それによって魔女の安全は守られていた。三者の契約。予言を教える代わりに魔女には手を出さない。そういう契約なのだ。
そして、予言を貰いに彼がここに運命に導かれてきたのだ。予言は間もなく時を刻み出す。その始まりが彼だった。
予言を魔女達は彼に渡した。
『無き暗闇の夜、気高き獅子のたった一人の子供が誕生する。獅子最愛の闇ガラスとの間の子は、困難に負けぬ力を持ち、世界をもほろぼす力を持つだろう』
魔女達も予言の中身を聞くのは初めてだった。ただ守り、ただ予言を貰いに来た者に与えるだけの存在。それ以上深くは関わらない。はずだった。
けれど、予言は、魔女と人との交わりを示していたのだ。驚いた魔女のざわめきは、酷い者だった。誰が、獅子と歌われた人と契りを交わすのか、そこが論点だった。
魔女は、子を成さない。なぜなら、子に魔女の力全てが持っていかれるからだ。だから、魔女は誰とも交わらずに集を成し、暮らしてきた。誰が、自身の魔力を失ってまで人間に味方するというのか。
しかし、予言は絶対、必然だった。魔女は予言には逆らわない。それが、魔女達の生きる意味だったから。魔女は預言者。そして、その予言は絶対に遂行される。たとえ、どんなことをしても。
時代が変わる時、なのだ。
そして、ざわめいている魔女の中から一人の女が進み出た。白い肌を漆黒の布に包み、長く伸びた髪を風に遊ばさせながら、彼女は男の前へと進み出たのだ。
漆黒の瞳と、真っ青な瞳がぶつかり合う。ホーデュは感じとった。彼女が、自身がもっとも愛すべき存在なのだと。彼女の手をとって、彼は跪く。
「金色の毛並みを持つ獅子よ、私が彼方の元に行きましょう。名はありあせん。好きなようにお呼び下さい」
彼女は、淡々と述べた。魔女に名は必要なかった。だから、つけることもなく生きて来た。彼女に名前がついた初めての瞬間。
「わかりました。 プリムラジュリアン、運命を開く貴方に相応しい名前かと」
「よろしい。では、行きましょう……」
「ホーデュでございます」
「ホーデュ」
彼に手を引かれて、彼女は魔女の街を後にした。反対する者は誰もいない。ただ重たい不安が圧し掛かるような雰囲気だけがその場に漂っていた。