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ウィズアウト  作者: 加水
第五章
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第五章~事実と宿命(2)~

 ドテっという音と共に、ラジウは白い空間から抜け出した。そこは見たことがある場所だった。深い深い森の中、生い茂る木々によって太陽の日差しはほとんど入ってこず、辺りに涼しげな風が漂っている。

 うっすらと照らされた広い空間には、石で囲われた湖が佇んでおり、ラジウはそれをぽかんっと見つめていた。

 そこに、トンっと何かが着地する音と共に、黄緑色の髪と目が姿を現した。見たことがあるような不思議な感覚に、ラジウはただ目を瞬くばかり。


「……なんだ、ここ?」


 後から到着した少女カズンが、辺りを見回しながら膝を突きっ放しのラジウへと近寄る。そして顔を覗き込んで目の前で手を軽く振ってみる。はっとしたようにラジウは大きく息を飲んだ。


「カズン。んっと、やぁ」


 彼女を認識すると、何を言っていいのかわからずにラジウの表情が緩んで誤魔化すように笑みを浮かべる。じとっとカズンはそんな彼の表情を見つめた。


「ラジウにも、ここがどこだかわからないのか?」


 カズンに手を差し出され、それを掴むとラジウは起き上がる。質問に一拍置いてから、ラジウは自分でも思い出すように口を動かした。


「ここは、僕の。母上が居るはずの、場所」


 そして導かれるようにふらふらとカズンの横を通り、木々の中へと歩いて行こうとする。カズンは慌てて彼を追い、横に並びながら歩く。ラジウの足は思ったより早足で、急いているようだった。


「母。ってラジウの母さん!? なんで、こんなとこにラジウの母さんがいるのさ、湖と湖が繋がってるのはなんなんだよ!?」


 なんとか追いつきながら、カズンは矢継ぎ早にラジウに質問をするが、ラジウの青い瞳は前を見て離さない。

 そして、息切れを起こすカズンを尻目に、ラジウはピタっと足を止めた。目の前は空間が広がり、レンガ造りの小さな家がいくつも並ぶ集落へ到達した。


「魔女の住む、街」


 ラジウが答えたのはそれだけだった。カズンは、不思議そうにらラジウを見るも、表情を見る前にラジウは集落を突き進む。

 またもや勝手に進みだすラジウに不満顔でカズンはついて行く。まだ昼間だというのに薄暗い集落には人の気配がない。

 どんどんと突き進むラジウは、集落の離れた場所にある建物。一際小さな建物の前で足を止めた。扉はない。一枚の大きな分厚い布が扉の代わりにあるだけだ。


「ラジウ~っ、ここに何かあんのかよ?」


 人の気配のない気味の悪さに、カズンはラジウの服を掴んで、引き返そうと軽く引く。けれど、ラジウは布を片手でそっと開け、中を開いた。

 移りだすのは煌煌と光る炎の灯り。そして、揺らめくような波が移る青い水晶球。その後ろには長いローブで身をほとんど隠した者が座っていた。なぜか、カズンの背筋に冷たいものが走った。

 長く垂れ下がった黒い髪とフードの間からうっすらと見えた瞳。黒き輝きを放つ目。カラスのように鋭かった。それを見た瞬間にカズンの身体が痺れたように動かないのだ。


「……母上……」


 ラジウは駆け寄ろうとする。カズンは動かない身体に言い聞かせて滑り出ようとするラジウの腕をぎゅっと抱き込んだ。

 けれど、ラジウの腕はあっさりとカズンの手から逃げ出し、背中が遠のいていく。あっっと小さな声がカズンの喉から零れ出る。小さく身体が震えた。額から冷たい汗がぶわっと滲み出る。

 ラジウが、黒い髪の女性に駆け寄って行く。椅子から降りて屈み、彼を待つ彼女に到達すると、ラジウはその細い身体へと抱きついた。髪が横へと逸れて女性の顔が浮かび上がる。鋭かった黒い瞳が仄かに緩み、丸みを帯びた。すると、今までカズンを縛っていた呪縛がすっと落ちる。

 カズンはがくっと地面に膝をついた。


「母上っ!」


「ラジウ、無事だったのですね……」


 優しく抱きしめる彼女の顔は思いのほか優しいもので、ラジウを愛おし気に見つめている。カズンはふっと息を吐いてその光景を見守る。


「母上、母上は生きてたんだね……でも、父上がっ」


「知っております」


 目にいっぱいの涙を浮かべるラジウに、落ち着きなさいというように彼女は頬を撫でてその整った顔をほんのりと柔らかくさせる。そして身を離すとゆっくりと立ち上がり、黒い瞳でカズンを凝視した。

 吸い込まれそうな漆黒の瞳に、カズンの背が自然とピンっと伸びる。


「貴方のことも知っております。よく来ましたね、森の子。さあ、こちらで話をしましょう」


 ラジウの母が細い唇を動かしながら言葉を紡ぎ、カーテンで仕切られた後ろの空間を、無造作に手であける。

 そこにはテーブルと椅子、そしてキッチンと大きな壷のような釜が置かれた空間が現れた。彼女はカズンとラジウと隣同士に座らせると、目の前にソーサーに乗ったカップを差し出した。中身は赤みをうっすらと帯びた綺麗な液体が注がれている。

 そして、自分の前にもそのカップを置くと、彼女はラジウとカズンの前へと腰を降ろした。


「この時が来てしまったのですね、ラジウ。そして森の子、貴方たちに話すことがあります」


 ふぅっと大きめなため息を吐いて、彼女は淡々と言葉を紡いだ。ラジウとカズンは目を瞬いて不思議そうに黒髪の女性を見つめる。


「ちょっと待ってよ。オレは森の子じゃねぇし、この時って何だよ。あんたラジウの母親なんだろ? 今まで何してたのさ」


「カズン、母上は魔女なんだ。しかも魔女の中でも飛びぬけて強い魔力を持った人間。僕にも……記憶を消す魔法をかけてた。思い出したんだ」


 訝しげに問いかけるカズンに答えたのはラジウだった。以外にも冷静な口調でラジウはカズンに切り返す。信じられないとでも言うようにカズンはさらに眉根を寄せて額に皺を刻み込んだ。


「そう、いつか偶然にもあの湖の仕組みを乗り越えて魔女が住まう街。ここ、エクリィエスタァに来る時、ラジウ。貴方の記憶が戻るように私は魔法をかけました。そして、その時が来たら、私は今までのことを貴方達に話そうと決意したのです」


「今までのこと?」


「そうです、森の子カズン。貴方達に、魔物と魔女、そして人間の因縁をお話しましょう。そしてラジウ、貴方が生まれた時のことを」


 カズンの問いかけに魔女は静かに答える。そして赤いお茶を二人に進め、ゆっくりと話し始めたのである。

 この世界の始まりと、人と魔物の因縁を。

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