第一章〜三通りの道しるべ(2)〜
「わっ!?」
ラジウをいきなり浮遊感が襲った。足がぶらぶらと床より数センチ上を行き来する。ラジウには何が起こったのかわからない。
「ラジウ様を離してください」
常備している弓をいつの間にかクレクは構えていた。矢の先端はラジウの後ろの人物、ゴロツキの喉仏に触れるか触れない程度で向けられている。
ラジウはゴロツキの一人に服を掴まれていたのだ。
「なんだ? お前達は……?」
三流悪役は少し冷や汗を流すものの、動じることなく疑問をクレクにぶつけた。余程こいうことに場慣れしているのだろう。
クレクは弓を構えたまま鋭い視線で、そのラジウを捕まえている敵の後ろを垣間見た。たくさんのゴロツキがこちらに目を向けている。自分でどうこうできる人数ではないと、クレクは感じた。
「……私たちは、一般市民ですよ。住む場所を追われてここに来ただけです。貴方達こそなんなんですか?」
クレクは、相手を逆撫でしてはいけないと踏み、嘘を折りまぜた返答を返す。
いつ襲い掛かってくるとわからない相手に武器を降ろすことはできない。だが、こちらが敵意を見せれば、相手もこちらを攻撃してくるだろう。仕方なくクレクは弓を降ろした。
相手を知ることで勝機が見えるはずだ。そう判断し、なるべく丁寧な口調で問いかけを付け加える。
「山賊だ。ここは人気がないから使っているだけだ。別に何の意味もないぜ」
口の端をあげ、いやらしい笑みを浮かべる山賊にクレクは眉を潜めた。余裕綽々、そう感じ取れる笑み。
「おい! そんなことに僕の城を使うなよ!!」
今まで必死に服を掴んでいる手から逃れようとしていたラジウが、きっと山賊を睨みつけて大声を出した。それに対して大人達は全員目を見開き固まっってしまう。それから、さもおかしそうに目に涙を溜めてクレク以外の大人は笑い出した。
僕の城だってよ。そんな台詞が笑い声の合間から木霊する。
「ここは僕の城だ! 出てけよ!」
なおも喚くラジウ。クレクは溜め息をついた。まったくもって何をしてくれるのか、自分が準備していた行動がラジウによって崩されたのだ。こんなにも山賊を煽ってしまう彼を、クレクは助けなければならない。だから強く弓を引きなおした。
「はっはっは。そりゃいいぜ。城の主を殺せばこの城はオレ達のもんになるってわけだ」
いやらしく笑みながら賊は言った。その彼の目は実に愉しそうだ。
ラジウの背中に冷たいものが走る。だから思わず動きを止めたのだろう。ラジウは暴れるのを止め、男の目に釘付けになっていた。その目は躊躇なく人を殺せるであろう残忍さをかもしだしている。
クレクが弓をゆっくりと上げ構えた。
ゴッ
クレクの弓は当たらなかった。ただ、強く叩いた音が城内に響く。ラジウが地面に落ち、男も地面に倒れ込む。
弓よりも早く舞ったのは、ラジウよりも少し薄汚れた金髪だった。肩よりも下に伸ばした髪は長さがバラバラで、更に言うなら右側だけ申しわけ程度に結んである。彼は地面に着地すると漆黒の瞳でラジウ達を見た。肩越しのため睨んでいるようにも見える。
クレクは、彼が男の顔に飛び蹴りを食らわせたのだと理解した。ラジウを助けてくれた彼に刃を向けることは礼儀に反する。従って弓を降ろし彼と対峙した。
「シルキア!? てめぇ、何しやがる!?」
賊の一人が彼目がけて怒鳴り散らす。その目は驚きを隠せてはいない。
名前を知っているということは仲間なのだろうか?そんな疑問がクレクの頭の中に浮かび、弓を強く握らせるのだった。
「お前達を狩りに」
少し低い声は、はっきりと告げた。顔は仄かに口元が緩んだだけで変化はない。
はっきり言ってあまり興味がない。そう言っているようだ。
「な、何故だ!?同じ山賊だろ!」
慌てて一歩後ずさる山賊達。シルキアと呼ばれた男は少し顔を歪めた後、馬鹿にするように鼻で笑った。
「一緒にしないで欲しいねぇ。オレ達は正義の山賊よ?」
シルキアの言葉より先に、軽い感じの声がシルキアと反対方向から飛んでくる。声の先に居たのは、濃く黒めの赤髪を左分けにしている男だった。目はシルキアよりも丸みを帯ていて悪戯っぽい緑眼だ。ただ、右目を海賊がするような三角の黒い眼帯で隠している。そして彼は子供達に刃先を向けていた男をねじ伏せていたりする。口にはクレクとは違う軽い笑みが張り付いていた。
「正義?……山賊に正義もくそもないだろう。馬鹿」
シルキアが溜め息混じりにそう言った。
赤い髪の男はひとしきり笑ってから立ち上がり、シルキアの隣に移動する。それから口を開いた。
「というわけでさぁ。オレ達と戦う?それとも逃げる?今回なら見逃してあげっけど?」
余裕の表情に見下すような口調。しかし、軽いふざけているような雰囲気が彼を傲慢過ぎる嫌なやつとは決して見せなかった。
男達が自分の獲物を握り締める動作を確認すると、彼の目は冷たく細められた。戦うなら容赦はしない。彼の目はそう言っていた。山賊たちはちっっと舌打ちをすると獲物をしまい込んだ。
「くそっ。アレンまでっ!逃げるぞ!!」
その掛け声をきっかけに悔しそうな顔達は散っていく。それに軽い雰囲気の男は満足そうに笑った。
城に残ったのはラジウ達、それに無愛想と軽快な男二人。
ラジウ達を尻目に彼等は話し始めた。
「……逃げたな」
「あっはっは。物分かり良くていいじゃん。正義には勝てないってな」
逃げた奴を見送った視線のまま、無愛想な男シルキアは呟いた。それに、軽快な男アレンは笑いながらまたふざけた言葉をつむぐ。それに呆れた目を向け、シルキアはため息を吐いた。
「……まだ言うか。馬鹿」
「はは。団の名前は正義だから」
「何時の間に……」
ケタケタ子供ように笑いながらなおも明るく言うアレンに対して、驚く様子も見せずただただ突っ込みを溜め息混じりに入れるシルキア。いつものことなのか、もうすでに呆れた視線を彼に向けることはない。
しかも、何やらアレンの言葉に納得しているらしく、考え込むようにシルキアは手に顎を乗せた。
なんでこんなにも違う二人が一緒にいるのかと、ラジウは疑問に思ったらしく、眉を額に寄せている。
「ついさっき」
そんなシルキアに、追い討ちのごとくきっぱりとつげるアレン。それに、ついにシルキアはそうか。と呟いた。ラジウは、それでいいのか!?と思わず突っ込みたくなったが、そこはそれ。我慢をするのだった。
あまりに不自然な視線だったのだろう、シルキアがラジウ達の視線に気付き、アレンを肘でこづいた。それから顎でラジウ達を指す。
「あ、悪いね。急に割り込んだりしてさ」
くったくのない笑顔。まるで詫びれた様子ない。
「いえいえ。大変助かりました。ありがとうございます」
クレクもいつもの笑顔のまま対応した。そして軽く頭を下げる。
それにアレンは笑って一言。
「はは。ならお礼にお茶でも付き合ってよ。お嬢さん」
「私は男です」
その言葉に、一瞬にしてクレクの笑顔から殺気が放たれた。アレンの笑みがそれに対して少し引きつる。
「あはははー。ごめん、ごめん。女みたいな顔……」
言葉はヒュンという音に遮られた。アレンの右頬から一筋の赤い血が伝う。クレクが彼に向かって躊躇なく弓を放ったのだ。
そして、クレクは満面の笑みで言った。
「はっ倒しますよ?」
場が静まりかえった。むしろ固まったと言った方が的確であろう。
クレクは女っぽい顔立ちをかなり気にしているようだ。彼にとって女顔、女みたいは禁句になる。とラジウは心に留めるのであった。