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第五話

太陽がさんさんと輝いている。

それとは反対に、ウサギの心は曇っていた。


ウサギは、ビデオカメラを爺さんに渡した。

気持ちの悪い笑みを浮かべた爺さんに、

ウサギは違和感を覚えた。


自分が今やっている事は正しいことなのか。

崩れゆくお爺様の心を黙ってみていていいのか。


爺さんは興奮気味にビデオカメラを受け取ると、

例の映像を再生した。


カチっカチっ……ぼう……ぼう……


……んなことも聞いたような……ッて、熱ッ!!!熱いッ!!!あああァァァァッッ!!!!……


ぼう……ぼう……


炎の音が遠ざかり、映像は停止した。


時折ニヤァと笑い、

最後にはゲラゲラと狂ったように笑い転げた。


「素晴らしい!素晴らしい!あのクソタヌキにお似合いじゃ!!」


お腹を押さえて、

涙が出るほど笑う爺さん。

心の底から嬉しそうだ。


それをウサギは正座をして見ていた。


ウサギは、無表情だった。

しかし心は泣いていた。


タヌキを恨む気持ちはわかる。

だが、お爺様がこんなに狂ってしまったことは、とても悲しい。


タヌキの悪行に、もっと早く気づいていればよかった。


この長い間なにもできなかった自分が許せない。

自分がいれば、何とかなったかもしれない。


自分のせいで、お婆様は死んだのだ。

お爺様はおかしくなったのだ。


……なんの為の肉体だ。


今までの努力は無駄だったのか。

大切な人を守るための力じゃないのか。


あの優しい老夫婦はもういない。

いるのはただ一人、

タヌキを呪い殺さんばかりに恨み続けるだけの、恐ろしい老人だ。


……どれもこれも、すべてあのタヌキのせいだ。


あのタヌキさえいなければ、この老夫婦の日常はずっと続いていたんだ。


そう思えば、より一層タヌキへの殺意が増す。


早く殺したい。


早く殺して、お爺様とお婆様を安心させてあげたい。


殺さないと。


殺そう。


殺そう。



……ウサギは気づいていない。


自分も狂っているということを。





ウサギは、再び洞穴を訪れた。


夕日が、山の稜線に重なり始める頃だった。

洞穴にも西日が入り込み、橙色に染められている。


美しい夕日は、タヌキの背中も平等に照らしていた。

タヌキは布団を背中にかけ、テレビを見ている。


しかしウサギに気がつくと、

背中を隠しながら後ずさりし、

ウサギを睨みつけた。


「テメェ……!!今朝はよくもやってくれたじゃァねーかァ!!ぶッ殺してやるッ!!!」


言葉だけは迫力があるが、

ベッドからは降りてこない。

火傷のせいで動けないのだろうか。


「私のせいではない。木だって太陽が当たれば熱くなる。当然だろ?」


「え……あ、あァ、そうか……思い出した。そういやァそうだよな……」


馬鹿なタヌキ。


ありえないと思っていることも、

見栄を張って知っている振りをする。

普通に考えればおかしいだろう。

どこまでもダメな奴だ。


今日はもう一つ撮影しなければならない。


ウサギは、タヌキにズンズンと近づき、

背中にかかる布団をめくりあげた。


タヌキは抵抗しようとしたが、

ウサギの腕力にかなうはずがない。

いとも容易く布団はめくられた。


タヌキは自分よりも力の強い生き物がいることに驚いた。

それと同時に、焦りを感じた。


自分を超える者がいる。

つまり、自分の絶対的王者の座はこいつに奪われる可能性があるという事だ。


今は手出しはできない。

この力の差は馬鹿なタヌキでも理解できた。


力の強いものには逆らわない。

力の強いものにら服従する。


タヌキはその事をよく知っていたので、

今は大人しく言う事を聞くことにした。


いつか見ていろ。

貴様に圧倒的な差を見せつけてやる。


努力もしないくせに、タヌキは内心

勝ち誇ったつもりでいた。


どうしようもないやつだ。


ウサギは火傷を見ると、

適当になるほどとうなづいた。


「随分酷い火傷だな。いい薬を持ってきた。塗ってやろう」


「本当か?じゃあ早く塗れや」


当然と言わんばかりに背中を差し出した。


ああ、塗ってやるとも。

私特製の塗り薬を。

結構傷にしみるが、耐えれるはずだ。


ウサギはビデオカメラを取り出し、

録画のボタンを押した。


「今開ける」


ウサギの懐から取り出された、

小さなビン。

ジャムのビンをそのまま使ったものだ。

ラベルが貼ってあり、中は見えない。


ウサギがビンを手に取る。

一度ビデオカメラを置き、思い切り力を込めて蓋を回した。


「ふんっ!」


ウサギほどの力を持ってしても開けるのに苦労するビン。

これを締めたのはウサギ本人に他ならない。


何故これほどまでにきつく締めたのか。


……そう。

このビンの中には、もはや劇薬とも呼べるような

最凶最悪の刺激物が入っている。


こんなもの体に塗られようものなら、

普通の人間なら痛みで気絶、最悪死に至る。


これの素材は、トウガラシに始まり、

ハバネロ、ブート・ジョロキア、バード・アイ、スコッチ・ボネット。

極めつけは、世界で一番辛いといわれるキャロライナ・リーパー。


その他、毒虫の毒液に様々な昆虫の体液、言うのもはばかられるような最悪な素材の数々。


いつかタヌキに使おうと、

爺さんが買っておいたものだ。

ウサギがそれらを混ぜ合わせ、煮込み、

ビン詰めにした。


高性能なゴーグルと最新型の厚手の手袋が無しに調合を行おうものなら、

最悪ウサギにも被害があったほどだ。


鼻で直接吸えば、

鼻の粘膜が溶けて穴が開くハメになる。


そんな凶悪なものを、傷に塗りつけるのだ。

さらに背中全体に。


これほど強い体のタヌキなら耐えられるだろう。

気絶は免れないだろうが。


ウサギはビデオカメラを持ち直した。


ウサギだってこんなものを触っては、ただでは済まない。


特殊加工の施された頑丈なヘラを取り出し、

ビンの中に突っ込み、掻き回し、すくう。


ヘラの上に山ができるほどに盛られた、

殺人的な塗り薬。


もはや薬などではない。

これは兵器だ。


ウサギは笑ってしまった。

これからどれほどタヌキが苦しんでくれるのか。

爺さんと同じくらい期待していた。


さっきまで、狂った爺さんを見て悲しんだウサギはいなくなった。


もう誰かのための復讐じゃない。

自分のための行為だ。

撮影なんて「ついで」に過ぎない。


なんだか苦しむ顔が見たくて仕方がないのだ。


タヌキに対する恨みだけが残り、

爺さんと婆さんの仇討ちだなんて、頭に無かった。


狂気は伝染病だ。

誰かの狂気は、他人をも狂わすのだ。


ウサギは狂った。

最も狂った。

優しい心を持ったウサギはいない。

どこにもいない。


ウサギは期待を込めて、

劇薬をタヌキの背中に力いっぱい叩きつけ、押し広げた。


「おいッ!そんな雑に……

いッ痛ァッ!……ああァァァ?!?!いだあァァァァァァァァァァッ!!!ぎゃあァァァッ!!

お……おまえッ……ぐゥァァァッ!!

いだいッ!!いだいィィ!!

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィ……」


楽しい。

楽しい楽しい。


愉快だ。これほどまで苦しんでくれるのか。

ビデオカメラを持つ、ウサギの手は震えていた。


最高だ。

永久にこの姿を見ていたい。


ウサギは笑っていた。

ゲラゲラと笑っていた。

今まで聞いたこともない自分の声だった。


本当に狂っている者には、自覚がない。

まさに今のウサギがそうだ。

頭の中は、タヌキの苦しむ姿が楽しくてしょうがない。


タヌキが何も言わなくなったので、

ビデオカメラの録画を止める。


大丈夫。まだ息はある。

まだ拷問のしがいがありそうだ。


いやいや、これは拷問ではなく爺さんたちの復讐。

あれ?

そうだっけ?

もうどうだっていい。


沈みかけの夕日が照らす洞穴の中。


地獄の底から聞こえてくるような、

恐ろしい笑い声が響いていた……

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