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総攻撃前夜

 「丁か半か」真柄の野太い声が石造りの長屋に響き亘る。彼はこの場を取り仕切っているようである。ある者は半とまたある者は丁と叫ぶ。

 ようござんすね、ようござすね真柄は敢えて独特の声音で尋ねる。「二、四丁」参加者の半ばは嘆き、もう半分は歓喜した。

 「おい松田いつまで拗ねてるんだこっち来いよ」賭場の主は意地の悪そうな笑みを浮かべている。どっとこの民屋は涌いた。松田はハンモックに伏し、一同に背中を向けている。

 「あいつもう私物がないんですよ」取り巻きの一人がにやけ、真柄に耳打ちした。彼はわざと声を大きくしている。

 「あ、そういえばお前大切にしている恋人の写真があったな。そいつを賭けろよ」真柄は一つのハンモックに向かって言った。そうだ賭けろ、賭けろと周りの兵は野次を飛ばす。だが松田はつゆ、動かない。

 情けないなぁそれでも日本男児かと彼らの内の一人が挑発した。すると松田は漸く立ち上がり、肩をそびやかして真柄に近づき、すとんと腰を下ろす。「いいでしょう相手になります」彼の声は威勢が良かった。

 そうこなくっちゃ賭場の主はニヤリと笑った。兵たちは己の賭けるものを盆に乗せる。その大半は金銭だった。

 松田もまた一つの写真を置いた。彼は特に意識していた訳ではないが、それの表を下にした。

 丁と彼は叫ぶ。それでは勝負、真柄はゆっくりと湯飲みを持ち上げた。賽子の一方は二がもう一方は三が天井を向いている。松田は呆然としていた。

 「それじゃ貰うぞ。悪く思うな」そう言ったのは若い二等兵である。彼はそれに視線を落とし、驚いた。

 どんな醜女が写っているんだ見せろよ皆口々に言った。写真を手に取った者は全部我が目を疑う。

 松田は俯いている。彼の目から数滴の滴が溢れた。一同は驚き、頭を垂れ、悪かった、すまなかったと謝罪した。

 真柄が写真を持ち主に返した次の瞬間、ざくざくと土を踏む音がした。彼は「分隊長かもしれん急いで隠せと叫んだ。」

 果たして足音の主は曹長であった。彼は扉を開け「松田、田中二人に司令部警備を命じる」その声は静寂に包まれた兵舎にこだました。

 司令部といっても粗末なものである。もし第三軍司令部の表札がなければ誰も一軍の中枢があるとは思わないだろう。 

 二人はその前に歩哨として立っていった。沈み行く太陽の光が寂寥とした満州の大地に射し込む。

 遠くから多くの馬が地を蹴る音が聞こえた。それは段々と大きくなっていく。それらは二人の前に止まった。

 下馬したのは一人の将官とその供だった。将官は老け込んでおり、目元には隈があった。彼は何かを呟いていた。彼らは司令部に入って行く。

 中では議論が戦わされていた。その声は外にいる松田、田中にも聴こえる程に大きかった。

 「二度総攻撃に失敗し、多くの将兵を死に追いやったお主らがなぜ戦を語れるのだ。」将官は一喝する。誰もそれに反駁しなかった。

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