手紙
松田は天幕の天井を見つめていた。彼はハンモックに寝ている。世は奇妙なものだこんなものが明暗を分けるとはなぁと右手にある穴の空いた銀のケースに目を遣り、呟いた。
彼は何気なくしまっていた恋人から貰った箱に命を救われ、それがなかった連隊長は敵弾に倒れた。
松田は静かに立ち上がり、机に向かって座った。彼は引き出しより紙とペンを取り出す。
彼は雪子に手紙を認めるつもりであった。彼は今日の昼の体験についての彼女に対する感謝の旨を書いた。ランプの淡い光が松田の顔を照らしている。
暫くしてこの青年は筆を置き、封筒に紙を入れ封をした。そして瞑目し、愛する少女との思い出を脳裏に浮かべた。太鼓の音が響き亘る。夜空を天の川が流れていた。ガヤガヤと多くの人が往来している。彼女は頬を赤くし、「邦夫さんその‥手を」ともじもじしている。松田ぶっきらぼうにうんと小さく頷き、少女の手を握った。
「邦夫さんは私のことがお嫌いですか」雪子は恐る恐る訊いた。松田は虚を衝かれた。彼は驚き、「どうしてそんなことを訊くのさ」と尋ねる。「だって邦夫さん私が何を言っても」目に涙を溜め雪子は口ごもった。少女の観測は誤りであったが、余程聡い人でない限り彼女と同じように考えるだろう。彼はそう思わせるほどに無愛想だった。
この青年は人とものを話すのが苦手である。且つ彼は他の多くの人間と同じく意中の人の前では普段より言葉と声が出なかった。
「そそそんんなことはないよ」松田は動揺を隠せずにいた。少女はしくしくと泣いている。彼は女の慰め方を知らなかったが、不思議とするべきことが何となく分かった。松田は彼女を抱きしめ、何度もすまんと詫びた。夏の生暖かい風が少女の美しい黒髪を揺らしている。