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友情

 青年を乗せた汽車はゆっくりとある港町を目指して進む。彼は車窓からぼんやりとこの国の田園風景を見ていた。青年はおもむろに胸ポケットの中から煙草ケースを取り出す。それはあの美しき少女から貰ったものであった。

 青年が煙草をくわえケースを仕舞おうとした時、「あんた良い煙草ケースをもっているな」と隣の席から声が聞こえた。         

 声の主は目鼻立ちの整った線の細い、美男子であった。彼は朗らかに笑っている。

 青年はぶっきらぼうにどうもと答えた。

 「俺は田中次郎、あんたは」隣の席の男は大声で名乗る。

 「松田邦夫」青年の返事は叉も無愛想であった。

 松田はあまり社交的ではなかった。故に早く会話を切り上げたがっている。

 しかし田中はそんなことつゆ知らず、己の見聞きしたことを語り始めた。

 田中は人にものを話すのが得意であり、そうであるがために彼の話には面白味がある。そして、この美男子は非常に陽気であった。松田は少しずつこの男に心を開いていった。

 「あれは十六の時の話だ。俺は親父と兄貴と一緒に東京に歌舞伎を見に行ったんだ」松田は相づちを打ちながらきいている。

 「確か見たのは忠臣蔵だったが、残念なことによくわからなかった。その夜兄貴に連れられ遊郭に行き、初めて女というものを知った。」田中は少々興奮気味に話す。

 「松田ところでお前女はいるのか」この美男子は自分の無精髭を引っ張りながら尋ねた。

 松田は頬を赤らめ、胸ポケットより一枚の写真を取り出す。                

 生娘じゃあるまいしと、田中は心の内で冷笑した。

 それに写っていたのは、キリリと顔の引き締まった美少女であった。

 彼女は椅子に座していたが、足が床に着いておらず、髪は黒く、長かった。

 田中は写真に見いっている。封建時代、武士を影から支えていた奥方にはこの少女の持つような美しさがあったのではないかと彼は思った。彼女の凛々しさはそのようなことを思わせた。

 おい、どうかなと松田の羞恥が込められた声を聞き、田中はやっと我に帰った。

 田中は松田の顔を訝しげに見つめている。 

 松田の面はカボチャの様に大きく、肌はイボだらけで汚ならしかった。

 「名前は何て言うだ。」田中の眼は依然として、隣の醜い男を捉えている。

 「宮部雪子良い名前だろ」松田は恥ずかしさのあまり少々、どもった。

 「もしや松田、お前名家の生まれなのか。」田中は恐る恐る訊く。

 いやと松田はかぶりを振り、貧しい百姓の次男坊さと自嘲気味に答えた。

 どうやってこいつはこの女を虜にしたのだろう田中は写真に視線を落とし、考える。

 しかし彼はまぁ良いかとその問放り投げてしまった。この男は諦めが早い。

 田中は写真を松田に返し、軍袴のポケットからみかんを取り出し、それを剥きながら「この女を抱いたのか。」と平然と尋ねた。

 松田は叉も赤面し、コクりと小さく頷いた。そして甘美なる或夜の思い出を語り始めた。

 

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