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出立
旧暦弥生の候、青い小袖を着た長い黒髪の少女は或青年を見つめていた。
両者は何も語ろうとしない。春風が優しく彼女の瑞々しい白い肌を包み込む。
周りでは軍服の男たちが愛する者に別れを告げていた。
列車の汽笛が鳴り響き、それの煙突からは蒸気が押し出される。そして駅員は間もなく発車致しますと叫んだ。
将兵がぞろぞろと汽車の中に乗り込んで行く。
青年もまたそうするべく彼女に背を向け、列車へと歩き出す。そんな彼を少女は呼び止め、「お気をつけて」と御守りを懐より取りだし、青年に渡した。
彼は向き直りああと言い列車に乗った。その声には力が込められていた。
列車の車輪がゆっくりと動きだし、旭が黒々とした車体を照らしている。
駅の少女を含めた見送り人たちは、小旗を振り出し、何度も万歳と絶叫した。
列車は多くの人に送られ走り行く。
少女はそれが完全に見えなくなるまで黒い大きな瞳を向けていた。