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剣戟rock'n'roll  作者: 久保田


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十七話 戦うな、マゾーガ 下中

 白馬の騎士マゾーガ。

 彼女はオークでありながら、その類い稀な力を、オークだけではなく、弱き者全てのために振るった騎士だ。

 元は貧民に生まれ、しかし生まれもった高貴なる魂の輝きは曇らず。

 他人には真似の出来ない、愚かではあるが騎士とはかくあるべしという生き方は、数多くのオーク達を魅了してきた。

 実在が疑われているマゾーガだが、その波乱に溢れたオーク生は今日もオークの子供達を魅了し続ける。

 し続けていた。




「姫様…まさかマゾーガ気取りで、人間どもを助けているなどと言わないでしょうなあ……?」


 再会を喜び合う和やかさはすでになく、バリーとその仲間達の間には猜疑と不信の空気しかなかった。

 マゾーガを取り囲むように、だけど意図的にか僕を無視するように。

 

「ぞれは……」


「姫様はあっしらを『裏切っていない』。 そうでやんすね?」


 強調された言葉は、そうであって欲しいという意思か。

 嘘でも構わないから、そう言ってしまえと強要しているのかもしれない。


「裏切っては、いない……!」


 血を吐くように、マゾーガは言った。

 握りしめた拳からは血の気が引いているのが、僕の所からもよく見えた。

 マゾーガのそんな様子に気付いているのかどうか。

 バリーはにこやかに笑いながら、おどけた様子で肩を竦める。


「いや、はっはっは、驚いちまいましたよ。 あの人間の小僧がおかしな事を言うもんですから」


 バリーの言葉と共に、オーク達の視線が僕に向いた。

 ぎろり、と音を立てそうなほど、敵意を剥き出しにした姿。

 それはきっと彼らが、マゾーガを愛している故のこと。

 そうでなければ、彼らはこんな風に怒る事はなかったはすだ。

 人間に家族を殺された彼らにとって、マゾーガという名は敵でしかないんだ。

 それは理屈の上では理解出来る。


「シャルロット様、いいですね?」


「何が、だ」


 バリーは顎をしゃくりながら、剣を抜く。


「この余計な事をほざいた小僧を、ここでしめても構いませんな?」


 彼は冷たい目をしていた。

 きっとマゾーガが人間を助けてきた事を、彼だけが理解している。

 部下達は僕へ、真っ直ぐ怒りを向けてきているのに、彼だけがマゾーガに怒りを向けていた。

 選べ、と言っているのだ。


「シャルロット様」


 その促しの言葉は、マゾーガを断罪する糾弾だ。


「構いませんな?」


 斬れば仲間に戻れる、いや斬らずともいい。

 ただ黙っていれば、それでいい。

 愛する姫様を侮辱された、と感じる部下達が荒れ狂う暴風のように、このままなら僕をずたずたに切り裂くだろうから。

 そして、マゾーガは、


「……っ!」


「……なんだと?」


 迷っていた。


「うるせえよ、お前」


 迷って当たり前だ。

 今日まで旅を共にしてきた仲間を斬るか、死んだと思っていた家族を取るか、なんてあっさり決められるはずがないだろ!

 僕だったらルーを斬るか、マゾーガを斬るかなんて選択肢は最初から成り立たない。

 僕は怒っている。


「どいつもこいつも、マゾーガに変な期待ばかり押し付けるなよ」


「あ? お前に姫様の何がわかるってんだ?」


 凄みを増したバリーに、少し腰が引けそうになるのを堪えながら、僕は視線を返した。


「知るか、馬鹿!」


「知るか、馬鹿って、お前……」


「マゾーガは僕が尊敬するオークだ。 マゾーガのようにありたい。 好きな食べ物は肉、野菜はあまり好きじゃない。 子供は好きだけど苦手だ。 不器用だけど、優しい」


 知っている事は、それなりにある。

 だけど、そんな事はどうでもいい。


「大事に思うなら、もっと優しくしてやれよ!」


 魔力を練り上げる感覚には慣れた。

 一瞬にして練り上げた魔力は、僕の右腕に集まり、吐き出される瞬間を今か今か今かと待ちわびている。


「もう一度、言ってやる」


 あとは力強くある言葉を発し、魔力を現象として発現してやればいい。

 僕は右手を掲げ、高らかに叫ぶ。


「うるせえよ、馬鹿!」


「子供の理屈だろうが!?」


 バリーの大音声をかき消すのは、天から降り注ぐ雷。

 当たればオークの巨体すら炭に変える熱量が穿つのは、何もない地面だ。


「うりゃあああああ!」


 僕は聖剣を投げ捨てると、一番近くにいたオークに向かって走る。

 雷に目が眩んだオークが、僕の声を頼りに必死に剣を振るが、そんなもんが当たるはずがない。

 自分でもビックリするくらいの力が溢れ、放ったボディブローがオークの身体を宙に浮かせ、くの字に曲げた。

 オークが意識と共に剣を手放す。

 どちらかと言えば細身の剣だけど、今はその頼りなさがちょうどいい。

 ついでに腰に差していた短刀も借りよう。

 聖剣を使ったら、かすっただけで相手が死にかねないしね。


「て、てめえ!?」


 バリーが一瞬の自失に回復すると、マゾーガに接する時の優しげな雰囲気をかなぐり捨て、ヤクザもかくやという声を張り上げた。


「てめえ、一体何者だ! あんな大魔力、魔王様でもなけりゃ……!」


 そこでバリーは、はっとした表情を浮かべる。

 この際だから、少し格好を付けさせてもらう。

 左手に細身の剣、右手には短刀。

 皆、大好き二刀流だ。

 胸の前で十字に、どうやって攻撃するんだ?という格好いい構えを取る。

 ここからやるのは、僕の身勝手なワガママだ。

 これくらいやっておかないと、気恥ずかしくてたまらない。


「僕は勇者」


 組織にいる大人の理屈ってやつは、想像が出来る。

 だけど、マゾーガはまだ迷っているんだ。

 人間だけの味方にもなれず、でもオークに帰る事も納得出来ていない。

 マゾーガが考えて考えて…… ひょっとしたら僕達の敵になるかもしれない。

 だけど、それはマゾーガの結論だ。

 そうなった時、寂しいけれど僕は受け入れるだろう。

 その答えがマゾーガが悩んだ末の結論なら、だ。

 こんな風に無理矢理、答えを強要するやり方は、認めたくない。

 きっとこれは子供の理屈だ。

 だけと、


「勇者リョウジ・アカツキ。 子供の理屈、押し通させてもらう!」


 僕は、マゾーガの味方だ。

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