十七話 戦うな、マゾーガ 中下
土は思ったよりも暖かかった。
太陽に温められた土は、未だにその熱を保ったまま、僕を優しく受け止めてくれる。
「すんませんでしたー!」
土下座は異世界でも共通だった。
この街でお世話になったシーザー先輩と飲みに来たわけだけど、シーザー先輩は実はかなり酒に弱い。
シーザー先輩を家まで運んで、それから少し一人で飲んでいたわけなんだけど、
「……財布を忘れたのか」
きらりと輝くスキンヘッドがおっかない酒場のマスターが、ぼそりと言う。
「はい、ごめんなさい……」
どこに落としてきたのか、財布がなかった。
ちらっと頭を上げてみれば、この足で蹴られたら、僕の頭がぱーんと弾けてしまうだろう、ごっつい足が見える。
マスターのあまりの恐ろしさに、初手土下座から入った僕はきっと間違っていないはずだ。
「必ずお金持ってきますので、少しだけ待ってください!」
「……むぅ」
「あ、なら質に何か預けていきますから! 剣とかでもいいですかね?」
飲み代より価値のある物として、聖剣を預けようかと考えた時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……何をじている」
「マゾーガ! お願いします、お金貸してください後で返しますから!」
「お前……あどで返せ」
「勿論です!」
土下座を飲み代を払ってくれたマゾーガに向けると、非常に嫌そうな顔をされてしまうが、今の僕にはマゾーガが天使に見える。
「さっさと立て」
「はい、わかりました! ありがとうございます!」
立ち上がって、改めてマゾーガを見ると何故か普段、街中では持ち歩かない戦斧を担いでいた。
「あれ、こんな夜にどこかに行くの?」
すでに月は真上に差し掛かり、どこかに出かけるには遅い。
皮鎧を着て完全武装をしているマゾーガは、今からどこぞに奇襲でもかけに行くつもりなんだろうか。
「仕事だ。 日雇いの警邏をしてくる」
「じゃあ僕も手伝うよ」
「いらん」
「実はそろそろ財布の方も寂しくなってきて……」
前に働いた時のお金は、この飲み代で全て消える予定だった。
そろそろ働かなきゃな、と思っていたからちょうどいいタイミングだ。
「……お前は、もう少し計画的に生きろ」
いきなり異世界に召喚されて、いきなり誘拐されて、いきなり旅に出た人間に計画的に生きろと言われても困るかな!
「正直、飛び込みで雇ってもらえるとは思わなかった」
「まったくだ」
しかも、マゾーガと二人きりで街の外を歩いている。
その事自体に不満はないけど、
「いざって時、二人で危なくないのかな?」
「冒険者達は、パーティー単位で組まされる。いきなり組んでも、連携が、取れない」
「……僕達、連携なんて出来たっけ?」
「………………敵を見つけたら、街に知らせに戻ればいい」
「そうだね……」
マゾーガと連携と言われても、何をどうすればいいかわからない。
いや、ソフィアさんともだけどさ。
一体、僕達は今まで何をしてきたんだろうか。
よく考えると前衛ソフィアさん、前衛マゾーガ、前衛僕という恐ろしいまでの脳筋パーティーだ。
何というか……ひどいなあ、これ。
そういう意味では遠距離攻撃も、回復魔術も使えるルーが参加してくれれば、バランスはよくなる。
だけど、僕としてはやっぱり彼女に戦って欲しくない。
今まで先送りにしてきたけど、そのうちちゃんと話さなきゃいけないだろう。
「ぞういえば……最近、どうなんだ」
「何がどうなの」
マゾーガは少し考えると、
「……最近の生活は、どうだ」
どうと言われても、漠然とし過ぎてやいないだろうか。
「あー……ルーとは上手く行ってると思う」
「ぞうか……」
「……マゾーガは?」
「……ぼちぼち、だな」
「そうなんだ」
なんだろう、会話の少ない親子みたいなやり取りは……。
口数の少ないマゾーガと、こうして二人だけで歩くというのは初めてな気がする。
多分、マゾーガなりに気を使ってるんだろう。
街から少し離れると、森が広がっている。
月の頼りない光では奥まで見通せないけど、僕達の持ち場は森の手前までだから問題はない。
「リョウジは」
マゾーガは少し小首を傾げる。
何とも似合っていないその仕草だけど、笑う気にはなれない真剣さを感じた。
「魔王と、戦うのか」
「うん」
自分でも思ってもみなかったほど、すんなりと答えが出てくる。
「どうして」
「守ろうと、思ったんだ」
「勇者、だからか」
笑いが少し零れた。
「勇者の使命とかよくわからないよ。 でも、ルーのためなら戦えるし、今まで知り合った人が殺されるのは嫌だ」
僕の正直な気持ちだ。
世界平和なんて言われてもぴんと来ない。
勇者の使命ってやつもよくわからない。
だけど、目の前で誰かが襲われているなら、僕は戦える気がする。
例えば小さな子供が転んだから、誰だって助け起こすくらいはするだろう。
その程度の話じゃないかな、これ。
「ぞうか」
「マゾーガはどうして戦うの?」
でも、きっと僕はいざという時は逃げる。
命を賭けて何が何でも!とまでは言えない。
死ぬのは怖いんだ。
そんな情けない、覚悟のない僕に比べて、マゾーガは命を賭けて戦ってきた。
僕なんかとは違う、絵に描いたような立派な勇者だ。
誰にも言った事はないけれど、僕はマゾーガを尊敬していた。
だけど、
「……わがらない」
「え?」
「おでは、兄者とは戦えない」
きっとマゾーガは戦うんだと、僕は疑いもなく信じていた。
それは東から太陽が昇り、西に沈むくらい当たり前の事で、
「おでは、兄者の邪魔は出来ない」
がらがらと音を立てて、僕の中の何かが崩れていく。
「おでは、魔王軍と戦えない」
僕の信じていた勇者は、そんな事を言ったのだった。




